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贋作に箱書きする満谷国四郎。 [気になる下落合]

満谷国四郎アトリエ跡.JPG
 下落合753番地(のち741番地)に住んだ満谷蔵四郎Click!は、同じ岡山県賀陽郡門田村(現・総社市)の出身で、故郷の後輩で友人でもある建築家・薬師寺主計Click!に、下落合アトリエの設計を依頼している。おそらく、1917年(大正6)に設計を依頼し、翌1918年(大正7)の夏に竣工した自邸+アトリエClick!へ、谷中の初音町15番地(現・谷中5丁目)から転居してきたのだろう。
 岡山県の地元では、満谷国四郎の画名があがり太平洋画会Click!を結成してしばらくすると、彼の贋作(半折)やニセ色紙が大量に出まわりはじめていたらしい。満谷自身は、それをかなり気にしていたらしく、薬師寺主計に回収してくれるよう依頼している。もちろん、贋作の所有者は「故郷の偉人」の真作と信じて購入しているので、薬師寺は所有者に贋作であることを説得したうえで、満谷国四郎の真作と交換するという、たいへん面倒な仕事をまかされた。
 だが、次々と出まわる贋作は回収しきれず、薬師寺はついに回収をあきらめ、満谷自身もとても交換点数を描ききれないのでやめてしまった。よくよく調べてみると、満谷国四郎にゆかりのある親戚が贋作をこしらえ、1枚を5円から10円ほどで売っていたのが判明している。明治末から大正初期の5~10円は、今日の給与換算指標に照らすと、約7万~15万円ほどになるだろうか。贋作の画面は、美術にまったく素人の目から見ても似ておらず、かなり稚拙でヘタクソな絵だったようだ。
 満谷国四郎が、あまりの量に贋作つぶしをあきらめてしまったので、薬師寺主計は「自分のほうが、満谷の画面そっくりに描ける」とばかり、果物の静物画を描いて岡山の実業家のもとへ持ちこんだ。ところが、贋作騒ぎで用心深くなっていた実業家は、薬師寺の作品を満谷国四郎のもとへわざわざ送って、真作かどうかを確認している。この時点で、薬師寺の贋作がすぐにバレてしまうと思いきや、満谷国四郎はその贋作に箱書きをして送り返しているのだ。
 以下、満谷国四郎の死後、1937年(昭和12)に写山荘から出版された『満谷翁画譜』収録の、「満谷国四郎氏追悼座談会」から引用してみよう。
  
 薬師寺 その絵(贋作)を見るとどうも素人が見てもあまり似てゐない。そこで僕がいたづらに偽筆をやつて見たのですが、こいつ中々旨く行くのです。(笑声) それを或る岡山の実業家に満谷君の絵だと言つてから押し込んでやつたんですけれども。(笑声)
 成田 そいつは度胸がいゝですね。(笑声)
 薬師寺 ところがその先生「こいつは偽筆だらう」「いや、偽筆ではない本物だ、東京に送つて見ろ、箱書をするかせぬか、箱書をすれば本物だ」と云つたら到頭送つたのですが、ところが先生ちやんとそれに箱書をして来たのです。(笑声) さう云ふ中々面白い半面があつたやうですが……
 成田 それは今でも本物として存在してゐるのですか。
 薬師寺 ちやんと本物で通つてゐますよ。(笑声)
 片岡 それは柿の絵ですか。
 薬師寺 柿と枇杷でしたか、これはもう永久に本物になるだらうと思ひます。
  
 文中の「成田」は写真家の成田隆吉、「片岡」は満谷邸に寄宿していた弟子の洋画家・片岡銀蔵のことだ。贋作騒ぎにウンザリしていた満谷国四郎は、「ううむ……。オレこんな絵、描いたっけかなぁ?」と思いつつ、かなり自分の若描きに似ているのでつい箱書きをしてしまったのか、それとも「薬師寺のやつめ、まったく……」と苦笑しながら箱書きをしたものかは不明だが、そのとぼけてユーモラスな性格から、なんとなく前者のような気がしないでもない。
 この座談会のやり取りを読み、もし手もとにカキやビワなど果実を描いた満谷作品を所有している岡山方面の方がおられるとすれば、ドキッとして急いで画面と箱書きを確かめているのではないだろうか。w
満谷翁画譜函1937.jpg 満谷翁画譜表紙1937.jpg
満谷国四郎「柘榴と柿」.jpg
 満谷国四郎の死去から、ほどなく出版された『満谷翁画譜』には、若いころのエピソードなどが語られていて面白い。満谷は18歳ごろ東京にやってきて、団子坂にあった小山正太郎の画塾「不同舎」に入って絵の勉強をスタートしている。「満谷君といへば頭の禿げた、髪の毛が少しあつても真白い、眉毛まで白いといふやうに思つてゐますけれども、若い時からさうぢやなかつたのだ(笑声)」と、もともと満谷国四郎はハゲClick!じゃなかったという、洋画家・石川寅治の証言から語られる若き日の画家は、画学生では貧乏で生活ができないので盛んにアルバイトをしていた。彼らがやっていたのは、全国のパノラマ館の書割(背景画)を描く仕事だった。
 パノラマ館というと、浅草の日本パノラマ館が嚆矢で規模も大きかったが、パノラマ興業がブームになると同様の展示館が日本全国に拡がっていった。その多くは、日清戦争や日露戦争をテーマにした、有名な戦場のパノラマが多かったが、中には日本史上の有名な戦闘の場面を再現する企画もあった。満谷国四郎と石川寅治は、すでに洋画家・小山正太郎の助手として、浅草の日本パノラマ館で仕事をした経験があった。だから、1898年(明治31)ごろに京都のパノラマ会社から依頼があったときはふたつ返事で引き受けたのだろう。満谷と石川寅治は、さっそく京都へと向かっている。
 京都パノラマ館の画題は、幕末の鳥羽伏見の戦いだった。3月1日の開館に間に合わせるために、2月末まで描かなければならず、〆切が守られない場合は日割りで損害賠償をとられるという厳しい契約だった。ギャランティーは当時のおカネで2千円、山分けすればひとりあたり千円の高額報酬だった。1897年(明治30)現在における2千円の貨幣価値は、今日のおよそ4千万円に匹敵する。依頼されたキャンバスは、円形の長さ53間(約96m)×高さ6間(約11m)の巨大なものだった。
浅草日清戦争パノラマ館.jpg
風俗画報189609.jpg
谷中初音町アトリエ.jpg
 満谷国四郎は浅草での経験から、東京であらかじめ綿密な下絵を準備して現場に持ちこみ、パノラマ館の円形キャンバスに碁盤目を引き、その上へ下絵の構図を引き伸ばすという方法をとった。つまり、京都ではひたすら絵の具を塗る作業に徹したわけだが、キャンバスを2分してもひとり約48m×11mを描かなければならない。パレットでは間に合わないので、絵の具をどんぶりに溶いて使い、絵の具を練るだけの作業員を3~4人雇っていたようだ。そして、〆切3日前の2月25日に無事完成している。
 こうして、ひとりあたり千円、今日の貨幣価値でいうと2千万円ほどをもらえたが、満谷は帰りの汽車賃と土産賃を残し、京都滞在の1ヶ月間で全部つかい切った。その様子を、満谷から財布をまかされた石川寅治の証言より引用してみよう。
  
 どうもあの時位幅のきいたことはない。何時も紙入れに札がどつさり入つてゐる。方々へ行つちや僕がどしどし出すものだから、とてももてた訳なのです。その頃の千円といふ金は中々使ひでがあつた。それで帰る時に満谷君の言ふのには「僕がこれから帰つたらば子供が生れる時分だ」と言ふのだ。その頃あの三重子さんが腹の中に居つた。満谷君の言ふのには「帰る頃には子供がもう出来ると思ふが、なんか記念品を買つた方が宜い」と。それで「君は男か女かどつちが生れると思ふのか」と聞くと「どうも僕は女の子が生れさうに思ふ」と言ふのです。それで友禅縮緬のとても綺麗なのを一反買つたのです。さうして僕に向つて「君も何か買へ」と言ふ。けれども僕は独身で東京で下宿してゐるし、どうも何もあてがなく、仕様がないから毛布と信玄袋を買つた訳です。満谷君はこれから生れる子供と、それから令夫人に向つて何か結構なものを色々買つた訳です。それから満谷君が注意して言ふのに「汽車の切符を買へる位の金は残して置かなければいかんぞ」(笑声)
  
 当時の千円=約2千万円を、わずか1ヶ月ほどでつかい切るには、さまざまな娯楽や遊興のある現代とはちがって、かなり豪勢な遊びを日々つづけなければならない。石川寅治が「とてももてた」と証言しているので、おそらく若い女子が大好きな満谷国四郎は、先斗町やどこかの茶屋街、いずれかの“新地”(のちの五条楽園)あたりでさんざん遊びまわったあげく、帰り際に急いで家族への土産ものを買いそろえているのだろう。
満谷国四郎邸1947.jpg
満谷夫妻(下落合アトリエ).jpg
満谷国四郎自画像漫画.jpg
 満谷国四郎が、小山正太郎の助手として浅草の日本パノラマ館で描いたのは、日清戦争の戦役画×2景だった。ひとつは「平壌包囲戦」で、もうひとつは「旅順口総攻撃」の光景だったようだ。浅草の「日清戦争パノラマ館」が開館したときに平壌包囲戦を描き、上野公園内へ移転し「旅順戦パノラマ館」が設置された際には旅順口総攻撃を描いているのだろう。ともに、1896年(明治29)ごろのエピソードだ。

◆写真上:下落合753番地(のち741番地)の、満谷国四郎アトリエ跡の現状。
◆写真中上は、1937年(昭和12)に写山荘から出版された『満谷翁画譜』の函()と表紙()。は、制作年不詳の満谷国四郎『柘榴と枇杷』。
◆写真中下は、浅草にあった日本パノラマ館。は、1896年(明治29)刊行の「風俗画報」9月号に掲載された上野公園の上野パノラマ館。は、谷中初音町のアトリエで撮影された満谷一家。左から長女・三重子、満谷国四郎、すゑ夫人。
◆写真下は、1947年(昭和22)の空中写真にみる薬王寺主計が設計した下落合753番地の満谷国四郎邸。は、下落合のアトリエで撮影された満谷国四郎と宇女夫人。は、好んで描いていたハゲ頭を強調した漫画風の満谷国四郎自画像。

読んだ!(20)  コメント(28) 

読んだ! 20

コメント 28

kazg

痛快な(アンビリーバブルな)エピソードですね。身近な岡山の地名も出て、親近感が湧きました。贋作。「お宝鑑定」番組にでも登場すれば、興味津々ですね。
by kazg (2019-03-17 05:06) 

ChinchikoPapa

メジロをウグイスだと思ってる方が、案外多いですね。近くの氷川社で、ジジジジと地味に鳴きながら樹々を渡るメジロを、「あ、ウグイス!」と撮影している方がいました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>(。・_・。)2kさん
by ChinchikoPapa (2019-03-17 19:24) 

ChinchikoPapa

kazgさん、コメントと「読んだ!」ボタンをありがとうございます。
鑑定団に出たら、おそらく箱書きが真筆ですので、よほど深く満谷国四郎のマチエールを研究している鑑定者でない限り、「真作でございます」となりそうです。あるいは、あの番組の鑑定者たちは商取引が基本の目線ですから、知ってはいても「真作」の判断をするかもしれないですね。w
by ChinchikoPapa (2019-03-17 19:30) 

ChinchikoPapa

もろに何のひねりもない、昔ながらのスタンダード集ですね。このアルバムを21世紀にリリースする意味というのが、わたしにはちょっとわかりません。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2019-03-17 19:37) 

ChinchikoPapa

わたしも、カメラは軽いに限ると感じるようになりました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>yamさん
by ChinchikoPapa (2019-03-17 19:40) 

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>@ミックさん
by ChinchikoPapa (2019-03-17 19:41) 

ChinchikoPapa

「夜桜美人」という、展覧会タイトルに惹かれてしまいますね。前回の記事では、乃手のケヤキ並木美人(+娘)を掲載しましたが、季節がら夜桜美人のほうが圧倒的に映えそうです。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyoさん
by ChinchikoPapa (2019-03-17 19:45) 

ChinchikoPapa

先日、AIの技術者と話していたら、「AIが選んだ人材と仕事をしたいと思いますか?」と訊かれました。人材を探すプロセスで知りえる、さまざまな人材情報や人脈があとで活きてくることが多いので、「いいえ」と答えたら、「そうなんです、わたしもAIでは探しません」という答えでした。w 「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ネオ・アッキーさん
by ChinchikoPapa (2019-03-17 19:52) 

ChinchikoPapa

いつも、「読んだ!」ボタンをありがとうございます。>はじドラさん
by ChinchikoPapa (2019-03-17 19:54) 

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>鉄腕原子さん
by ChinchikoPapa (2019-03-17 19:56) 

ChinchikoPapa

いつも、「読んだ!」ボタンをありがとうございます。>ありささん
by ChinchikoPapa (2019-03-17 19:57) 

ChinchikoPapa

昔から、サバの水煮に新タマネギの薄切りを多めに載せ、生醤油をかけて食べるのが好きです。ただ、最近はなかなか品薄で、サバの水煮缶の棚が空いているようですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyokiyoさん
by ChinchikoPapa (2019-03-17 20:03) 

ChinchikoPapa

菜の花のほろ苦さが、「古酒」には合いそうですね。16年前に醸造され熟成されていた日本酒を、わたしはおそらく飲んだことがないと思います。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>skekhtehuacsoさん
by ChinchikoPapa (2019-03-17 22:02) 

アヨアン・イゴカー

贋作に箱書き、大金を蕩尽する・・・
ただただ恐れ入谷の鬼子母神。
by アヨアン・イゴカー (2019-03-18 09:05) 

ChinchikoPapa

アヨアン・イゴカーさん、コメントと「読んだ!」ボタンをありがとうございます。
それにしても、かなりの重労働とはいえわずか1~2ヶ月の仕事で千円(2千万円)/人というのは、法外なギャランティーですね。それほどパノラマ館の人気が沸騰していて、元が取れたということでしょうか。
by ChinchikoPapa (2019-03-18 12:26) 

ChinchikoPapa

ネイザンロードというとCKBの歌を思い出してしまいますが、2階建てバスのラッピング広告が目立ってすごいですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ryo1216さん
by ChinchikoPapa (2019-03-18 12:57) 

ChinchikoPapa

暖かくなってきたときに飲むビールは、また格別な味でしょうね。わたしは花粉症なので、この時期のアルコールは“ご法度”なのです。(汗) 「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>NO14Ruggermanさん
by ChinchikoPapa (2019-03-18 17:40) 

kiyokiyo

ChinchikoPapaさん
こんばんは
その食べ方、早速試してみたいと思います。
新玉ねぎがないので、普通のたまねぎで作ってみたいと思います!
それをおつまみに一杯、なんて良いかもしれませんね^^

by kiyokiyo (2019-03-18 19:43) 

ChinchikoPapa

kiyokiyoさん、コメントをありがとうございます。
ほんとうは、タマネギを水にさらして辛みを少し抜くのですが、水にさらすと栄養価が下ると聞きましたので、辛みが少なく甘みの強い新タマネギで書いてみました。書いているうちに、わたしもなんだか食べたくなってきました。w
by ChinchikoPapa (2019-03-18 19:59) 

ChinchikoPapa

いつも、ご訪問と「読んだ!」ボタンをありがとうございます。>siroyagi2さん
by ChinchikoPapa (2019-03-19 22:35) 

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>takaさん
by ChinchikoPapa (2019-03-19 22:36) 

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>はっこうさん
by ChinchikoPapa (2019-03-19 22:38) 

kiyokiyo

ChinchikoPapaさん
こんばんは
早速試してみました~!^^
仰る通り、タマネギを水にさらして美味しく頂きました^^
栄養面を考えると新タマネギが良いのですね。
今度は新タマネギで作ってみます。
ありがとうございましたm(_ _)m

by kiyokiyo (2019-03-19 23:30) 

ChinchikoPapa

kiyokiyoさん、わざわざコメントをありがとうございます。
ふつうのタマネギを薄~くスライスして載せでも、やはり辛みが立ちすぎて水にさらしたくなりますよね。そのあたり、新タマネギだと辛さがそれほどでもなく甘味が立って、サバの水煮といいバランスになると思います。ご飯や酒のおともによく合うと思いますので、ぜひお試しください。
by ChinchikoPapa (2019-03-19 23:44) 

ChinchikoPapa

東京地方の"標準木"は知りませんが、こちらの南斜面や神田川沿いではソメイヨシノが開花しはじめています。来週には、かなり咲きそろってしまいそうですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>soramoyouさん
by ChinchikoPapa (2019-03-19 23:49) 

Marigreen

Papaさんは記事を書く時、ブラインドタッチしているのですか?私は記事を書く時考えながら書くので、つい利き手である右手だけで打ってしまいます。
Papaさんの記事は長いからブラインドタッチしていると、後で何度も何度も見直さなくてはならないのでは?
by Marigreen (2019-03-20 10:25) 

ChinchikoPapa

Marigreenさん、コメントをありがとうございます。
疲れているときは、指の感覚が鈍るのかタイプミスが多いので、ときと場合によりけりですね。記事を書くのは夜中が多く、また使用するPCもオフィスのものとはちがいサブノートになりますので、そもそもキーのサイズが違います。おしなべて、ブラインドと見ながらの半々ぐらいでしょうか。
by ChinchikoPapa (2019-03-20 10:51) 

ChinchikoPapa

以前の記事にまで、わざわざ「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>fumikoさん
by ChinchikoPapa (2019-04-02 22:44) 

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