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下落合を描いた画家たち・南風原朝光。 [気になる下落合]

南風原朝光「風景」1930.jpg
 以前、1927年(昭和2)ごろから下落合(4丁目)2080番地(現・中井2丁目)にある一原五常アトリエClick!に住みついた、名渡山愛順Click!をはじめ沖縄の洋画家たちについて記事Click!を連載したことがある。同じころ、西武線・中井駅のすぐ近くに住んでいた、同じ沖縄出身の南風原朝光Click!(はえばるちょうこう)についても何度か触れていた。
 上落合の住所は不明だが、南風原朝光は1932年(昭和7)に萩原稲子(上田稲子)Click!が喫茶店「ワゴン」Click!を開店すると、他の画家仲間たちとともに常連になっている。その南風原が、1930年(昭和5)に制作した作品に『風景』というのがある。現在、板橋美術館で開催中の「池袋モンパルナスとニシムイ美術村」展に展示されており、沖縄県立美術館に収蔵された風景画だ。同作品は、ちょうど南風原朝光が上落合に住んでいたころに描かれたことになる。
 画面を仔細に観察すると、かなりの急斜面から平地を見下ろすような位置にイーゼルを立てており、斜面が切れた先は家々の屋根の高度や、赤土の地面の途切れ具合から、バッケ(崖地)Click!状の地形をしていると思われる。陽光は、明らかに右手から射しており、画家は南向きに近い角度で写生しているのだろう。陽光は黄色味を帯びており、時間帯が夕方だとすると右手ないしはやや右手背後が西ということになる。換言すれば、画家は南ないしは南東の方角を向いてキャンバスに向かっていることになる。
 手前の崖下には、家々の建て方の様子から道が通っていそうで、その向こう側には両側を緑に挟まれた河川土手らしい情景が描かれている。街並みには、電柱や銭湯の煙突がまったく見えないので、南風原は突起物を省略して描いている可能性が高い。唯一、右手の奥に電柱か煙突を思わせる、タテの黒い線が確認できるだけだ。また、画面左手の遠景には、灰色で塗られた四角い大きな建物が描かれており、斜めの細かな筋が入った屋根の表現には工場のような趣がある。
 さて、これを落合地域に当てはめて考えてみると、午後とみられる太陽が右手に見える南斜面、崖地のすぐ近くを流れる川と思われる表現、1930年(昭和5)には開通していたはずの西武電鉄が見えにくい点、そして左手の遠景には工場のような大きめな建屋が見える点などを踏まえると、この情景にフィットする描画ポイントは、東西に広い下落合(現・中落合/中井含む)といえどもたった1ヶ所しか存在していない。中井駅から、中ノ道Click!(下の道Click!=現・中井通り)へと出て東へ250mほど歩いた見晴坂付近、すなわち下落合1794番地あたりの急斜面だ。
南風原朝光「風景」1930モノクロ.jpg
地形図1930.jpg
上落合空中写真1936.jpg
 南風原朝光は、夕暮れが近い時間帯に中ノ道から見晴坂へ上ると、おそらく左手(西側)の急斜面に入りこみ、そこから東南東の方角を向きながら写生している。見晴坂は、左端に半分描かれている邸(おそらく下落合1800番地の小野邸か)の手前を切通し状に拓かれており、崖下には中ノ道(現・中井通り)が通っている。その道路沿いには、下落合1820番地の家々が建ち並んでいる。その向こう側に見える緑に挟まれた窪地状の表現は、1935年(昭和10)前後から実施される整流化(直線化)工事前の妙正寺川であり、左手に描かれた樹木の陰には旧・昭和橋が架かっているはずだ。旧・昭和橋から、妙正寺川は急カーブを描きながら南東へと蛇行し、やがて3回ほど南北への蛇行を繰り返しながら旧・神田上水(1966年より神田川)へと合流している。
 蛇行した妙正寺川が崖下近くを流れるこの位置から、西武線の線路は非常に見えにくい。画面の右手に描かれた、灰色の屋根の2階家とみられる建物の向こう側から、画面左手の奥、灰色の大きめな建物のあたりへ向かって斜めに走っている。当然、線路沿いには電柱や、東京電燈谷村線Click!の高圧線鉄塔などがあったはずだが、佐伯祐三Click!『下落合風景』シリーズClick!などとは異なり、住宅街の電柱と同じようにすべて省略されている可能性が高い。
 画面奥に見える樹林の景色は、上落合の旧家である福室家などが集まる八幡耕地Click!あたりで、福室軒牧場Click!の跡地や、建ち並ぶ旧家の周囲にめぐらした屋敷林の名残りだろう。これらの樹林は、1930年(昭和5)7月の下落合駅Click!の西への移設Click!と、翌1931年(昭和6)12月に開設された国際聖母病院Click!前の補助45号線Click!の開通とともに、急速な宅地化が進んで消滅している。この林の向こう側には、まさに1930年(昭和5)現在に整流化(直線化)工事が行われている最中の、旧・神田上水が南北に流れているはずだ。
画面拡大(妙正寺川).jpg
画面拡大(工場).jpg
画面拡大(アパート).jpg
 そして、左手の遠景に描かれている灰色の建物は旧・神田上水の西岸、すなわち上落合の前田地域Click!に建てられている工場の建屋のひとつ(昭和電気の建屋?)だ。以前にも、火災が頻発する同地区について記事にしているが、前田地域は旧・神田上水沿いに大正期から開発された、落合村(町)では有数の工業地区で、東京護謨Click!をはじめ、昭和電気や小松製薬など数多くの工場が建ち並んでいた。これらの工場は、二度にわたる山手空襲Click!で壊滅し、現在ではその広大な跡地にせせらぎの里公園や落合水再生センターClick!、落合中央公園など、東京都や新宿区の大規模な公共施設が設置されている。
 さて、関東大震災Click!で東京の市街地が大きなダメージを受けたため、大正末から市民の郊外への大移動がはじまっていたが、落合地域でも急速な宅地造成が進み、あちこちで住宅建設の音が響いていただろう。また、最新の意匠を取り入れた集合住宅、すなわちアパートメントの建設も流行し、こちらでは下落合の第三文化村Click!に建設された「目白会館文化アパート」Click!をご紹介しているが、上落合では最新式のコンクリート造りで耐火耐震アパートメント「静修園」Click!(上落合624番地)も記事にしていた。南風原朝光の画面右端にも、そんな急傾斜の屋根にドーマーを備えた、最新式のアパートメントと思われる建物が描きこまれている。
 昨年の秋、板橋区立美術館の学芸員である弘中智子様よりご連絡をいただき、落合地域に住んだ沖縄の画家たちに関連し、一原五常アトリエや昭和初期の周辺の様子、去来していた洋画家などについてお話をした。先日、ごていねいに「池袋モンパルナスとニシムイ美術村」展の図録をお送りいただいた。ありがとうございました。>弘中様
 同展覧会には、こちらでもおなじみの佐伯祐三の『下落合風景(テニス)』Click!をはじめ、林武Click!『文化村風景』Click!中村彝Click!『落合のアトリエ』Click!『庭の雪』Click!刑部人Click!『裏庭雪景』Click!松本竣介Click!『郊外』Click!『風景』Click!、そして金山平三Click!満谷国四郎Click!など、落合地域に住んだ画家たちの作品がまとめて展示されている。
山手製氷(上落合2).jpg
アパートメント静修園.jpg
池袋モンパルナスとニシムイ美術村展図録.jpg 南風原朝光「窓」1954.jpg
 また、図録には島津一郎アトリエClick!を背景に、島津邸で飼われていたシチメンチョウClick!の写真も掲載されている。w 落合地域に住んだ画家たちの作品群を、まとめて鑑賞できる機会はあまりないと思うので、興味のある方はぜひ板橋区立美術館へ。「池袋モンパルナスとニシムイ美術村」展は、4月15日(日)まで開催されているので、サクラが開花し暖かくなってから出かけても、まだまだ間に合う。
 同美術館に掲げられた今年の幟キャッチフレーズは、「永遠の穴場」だ。w 「永遠の」には、やや自虐的すぎるアイロニーを感じるけれど、駅から少し離れているせいか、人も少なくゆっくりと静かに作品を観賞できるので、確かに「穴場」にちがいない。

◆写真上:下落合に通う見晴坂の近くの急斜面から、上落合方向を東南東に向いて描いたとみられる1930年(昭和4)制作の南風原朝光『風景』。
◆写真中上は、画面からうかがえる風景要素。は、1930年(昭和5)の1/10,000地形図にみる描画ポイント。は、1936年(昭和11)の空中写真にみる描かれたエリア。
◆写真中下:南風原朝光『風景』の一部拡大で、河川の土手とみられる緑に挟まれた窪地()、工場とみられる大きめの建屋()、当時は最先端の意匠だったアパート()。
◆写真下は、大正期から操業していた前田地区南部にあった上落合2番地の山手製氷工場。は、昭和初期に建設された鉄網入りコンクリートのアパートメント「静修園」。下左は、「池袋モンパルナスとニシムイ美術村」展(2018年)の図録。下右は、戦後の1954年(昭和29)に描かれた南風原朝光『窓』。

読んだ!(21)  コメント(22) 
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読んだ! 21

コメント 22

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>はじドラさん
by ChinchikoPapa (2018-03-15 10:52) 

ChinchikoPapa

なんだか、わたしの周囲でも最近は九州へ出かける方がいて、つい先だてお土産に石炭をいただきました。w 石炭がめずらしくて、お土産になる時代なのですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ネオ・アッキーさん
by ChinchikoPapa (2018-03-15 10:56) 

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ありささん
by ChinchikoPapa (2018-03-15 10:57) 

ChinchikoPapa

ネルソンのドルフィーとの絡みが、ノビノビしていていいですね。聴きあきないアルバムです。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2018-03-15 11:03) 

ChinchikoPapa

いつも、「読んだ!」ボタンをありがとうございます。>おぐけんさん
by ChinchikoPapa (2018-03-15 11:06) 

ChinchikoPapa

水面に映える、紅葉の木立がいいですね。先日、散歩がてら水面に映るウメと雲間の陽射しなどを撮ってきました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyoさん
by ChinchikoPapa (2018-03-15 11:08) 

ChinchikoPapa

今週は暖かい南斜面あたりで、ソメイヨシノが開花しそうです。例年より、2週間ほど早めですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>siroyagi2さん
by ChinchikoPapa (2018-03-15 11:10) 

ChinchikoPapa

別府湾のすてきな写真を拝見していたら、瓜生島の伝説を思い出しました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ryo1216さん
by ChinchikoPapa (2018-03-15 11:13) 

ChinchikoPapa

日本ではスコッチ一辺倒の醸造ですが、どこかで果敢にバーボンへ挑戦するメーカーが現れないでしょうか。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyokiyoさん
by ChinchikoPapa (2018-03-15 13:40) 

ChinchikoPapa

いつも、「読んだ!」ボタンをありがとうございます。>@ミックさん
by ChinchikoPapa (2018-03-15 13:41) 

ChinchikoPapa

きのうから、こちらでも花粉の飛沫がすごいです。外出から帰ると、しばらく鼻がグズグズしてますね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>okina-01さん
by ChinchikoPapa (2018-03-15 15:04) 

ChinchikoPapa

安曇野の「大雪渓」、淡麗でうまそうですね。
「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>skekhtehuacoさん
by ChinchikoPapa (2018-03-15 22:37) 

ChinchikoPapa

窓辺の光が、もうすっかり春めいていますね。
「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>soramoyouさん
by ChinchikoPapa (2018-03-16 10:33) 

ChinchikoPapa

わたしも、写真の空の色が気になります。なかなか印象どおりに、色味が出てくれないですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>リブ君のパパさん
by ChinchikoPapa (2018-03-16 10:35) 

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>鉄腕原子さん
by ChinchikoPapa (2018-03-16 10:36) 

ChinchikoPapa

いつもご訪問と「読んだ!」ボタンを、ありがとうございます。>NO14Ruggermanさん
by ChinchikoPapa (2018-03-16 10:37) 

ChinchikoPapa

沖縄の魚介類はきれいなのですが、逆にそのせいで食欲がイマイチわかないんです。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>(。・_・。)2kさん
by ChinchikoPapa (2018-03-16 23:26) 

ChinchikoPapa

いろいろと、多種多様な願いごとをかなえてくれる弁天社ですね。w
「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>yamさん
by ChinchikoPapa (2018-03-17 12:35) 

ChinchikoPapa

昔、ハンガーボードという製品が米国から輸入され、どこの家の台所でも見られましたが、いまは掃除も簡単にできるワイヤーネットが主流ですね。うちは、レンジの近くに菜箸立てを置いています。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ADHD大ちゃんさん
by ChinchikoPapa (2018-03-17 15:02) 

ChinchikoPapa

先日、神田上水の開渠遺跡がそのまま残され地下に展示された、小日向(旧・黒田小学校跡)を見てきました。そこから上水が引きこまれた徳川水戸屋敷の後楽園に残る、神田上水つづきの開渠の流れもウメ見がてら観察してきました。このところ、上水づいています。w 「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>simousayama-unamiさん
by ChinchikoPapa (2018-03-17 23:24) 

ChinchikoPapa

こちらにも、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kazgさん
by ChinchikoPapa (2018-03-18 21:02) 

ChinchikoPapa

以前の記事にまで、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>アヨアン・イゴカーさん
by ChinchikoPapa (2018-03-22 10:21) 

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