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清戸道の鶴亀松に登った景観は。 [気になる神田川]

目白台瓢箪型台地1.JPG
 かなり以前のことになるが、1857年(安政4)に発行された尾張屋清七版の切絵図「雑司ヶ谷音羽絵図」を見ていて、細川越中守の抱え屋敷Click!(現・目白運動場/肥後細川庭園界隈)の清戸道Click!(現・目白通り)門前に「鶴亀」の記載を見つけ、当時連載していた「ミステリーサークル」シリーズClick!で塚ではないかという記事Click!を書いた。
 すると、さっそくコメント欄で小江戸っ子さんより、松の大樹で「鶴松」と「亀松」と呼ばれていた名木だとお教えいただいた。その際、長崎大学図書館の古写真データベースに保存された、貴重な写真類もご教示いただいている。高田老松町のいわれにもなった鶴亀松の由来にはじまり、目白という地名に関する本来の故地らしい一帯にがぜん興味がわいて、その後、あちこちのフィールドワークや調べものを重ね金山稲荷Click!目白不動尊Click!の拙記事としてまとめてきた。その中で、もうひとつひっかかっていた資料類やテーマがある。
 天保年間に斎藤月岑が著し、長谷川雪旦の挿画で有名な『江戸名所図会/巻之四・天権之部』に目を通していたとき、古えには護国寺のある周辺一帯までが「西大塚」あるいは「富士見塚」と呼ばれた時期があり、執筆当時(天保期)の波切不動尊(本伝寺)が、その昔は塚の上に建立されていた……という伝承が収録されていることを知った。以下、市古夏生・鈴木健一の校訂による斎藤月琴『江戸名所図会』(筑摩書房)から引用してみよう。
  
 (前略)また南向亭(酒井忠昌、一八世紀中頃)云く、「安藤対馬侯[陸奥平藩主]の東の方、森川氏の構へのうちに一堆の塚あるといふ」とも。『紫の一本』[戸田茂睡、一六八三]に、「塚の上に不動堂あり」とあれば、いまの波切不動尊の地、大塚と称する旧跡にや。相云ふ、太田道灌(一四三二-八六)相図の狼煙を揚ぐる料に築きたる塚なり。ゆゑに、昔は太田塚と唱へけると。あるいはまた、鎌倉将軍守邦親王(一三〇四-三三)乱をさけて、武州比企郡大塚村に逝去す。その廟を王塚と称す。ここに大塚と号くるもこの類ならんといへども詳らかならず。(江戸の内に大塚の名多し。なほ考ふべし)。
  
 それによれば、後世に「塚」に関するさまざまな付会が創作されていることがわかるが、結局は不明として記述を終えている。著者が「大塚の名多し」としているとおり、落合地域とその隣接地域だけみても、すぐに3ヶ所の字名「大塚」を発見できる。江戸東京じゅうを見まわせば、「大塚」ないしは「〇〇大塚」と呼ばれる古くからの字名は、おそらく100ヶ所をゆうに超えるのではないだろうか。現在は平坦に整地された場所にある波切不動(本伝寺)が、『江戸名所図会』によれば江戸前期には塚の上に不動堂が建立されていたと伝えられており、小石川大塚とも呼ばれていたようだ。
 また、現在の行政区画ではなく、より古い時代の同所一帯はどこまでが「(西)大塚」と呼ばれていたのかに興味がわいてくる。いうまでもなく、目白から小石川にかけての地域は、旧石器時代から現代まで一貫して人が住みつづけてきた痕跡が見つかっており、明治以降の史観で植えつけられた無人に近い「武蔵野の原野」ではなかったことが、戦後の考古学的あるいは歴史学的な発掘調査の成果物によって裏付けられている。
鶴亀松(日下部金兵衛).jpg
地形図(大正期).jpg
目白台瓢箪型台地2.JPG
 そこで、同書の「なお考ふべし」を実践すると、上記にご紹介した拙記事のような風景が改めて見えてきた。それは、古代のタタラ(大鍛冶Click!)=製鉄との関連や、「目白」(砂鉄から精錬した鋼の古語)という地名考、そして金川=神奈川(弦巻川Click!カニ川Click!の古名)の由来などで書いたとおりだが、「金山」の南西に展開する「神田久保」(現・不忍通り沿い)の谷間にふられた字名、そして幸神社(荒神社)や目白不動などが建立されていた関口台(本来は目白台とも)に挟まれた地域、すなわち清戸道(現・目白通り)の北側は、これまで子細には観察してこなかった。先年に解体された東大病院分院の跡地や、筑波大学付属視覚特別支援学校がある目白台3丁目一帯だ。
 大正期に発行された古地図を見ていたら、ちょうど戦前には府立盲学校Click!(旧・盲学校永楽病院Click!)や東京帝大病院分院があったあたりに、大きな瓢箪型の盛り上がりがあるのを見つけた。その地形図を参照すると、その300m前後の大きな突起がきれいに採取されている。現在は、上掲の大規模な学校や病院の建設、または住宅地の造成による整地作業で、地形の盛り上がりは希薄になっているが、北は目白台3丁目24番地あたりから南は同3丁目7番地ぐらいまでの、北北西から南南東にかけて形成された地形の突起だ。江戸期の清戸道沿いにあった鶴亀松の枝に登ったら、おそらくこの瓢箪型に盛り上がった突起がよく見えたかもしれない。また、一帯は江戸期に「源兵衛山」とも呼ばれていたようで、台地の下には金川(弦巻川)が大きく蛇行しながら西から南へと方向を変え、旧・平川(のち神田上水)へ注いでいただろう。
 江戸後期には松江藩松平出羽守(16万8千石)の下屋敷になり、幕末には百人組同心大縄地にされていたようなので、射撃場などの設置により、すでに地形の大幅な改造が行なわれていたかもしれない。幕末は、頻繁に姿を見せる外国船や国内の政治的な緊張に備え、大江戸Click!の各地では土木工事が積極的に実施されていた時代だ。だが、大正期の地形図にも、その痕跡が明瞭に採取されているとおり、突起物を全的に消滅させるには至っていなかった。大正末から昭和期にかけ、大規模な学校や病院の建設(増築)で、より急速に整地開発が進捗したのだろう。そして、戦後はビル状のコンクリート建造物が一帯に林立するに及び、瓢箪型の突起はほぼ全的に消滅してしまった……、そんな気が強くするのだ。
目白台瓢箪型台地3.JPG
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目白台瓢箪型台地5.JPG
 現在、地形図に採取された瓢箪型に沿うかたちで歩いても、地面からの突起はほとんど確認できない。むしろ、規模の大きな東大病院分院があったせいか、地下階の設置で地面がえぐられているところさえある。また、瓢箪型地形の北西部にあたる住宅地も、おもに大正期の道路敷設や宅地開発で、本来の地形の面影は希薄となっている。ちなみに、瓢箪型の突起北西部には、腰掛稲荷が奉られている。なお、江戸期あるいは明治期に、このあたりの風情を記録した文献が残っていないか探しているのだが、いまだに見つけられずにいる。
 さて、瓢箪型の突起が北側に眺められたとみられる鶴亀松だが、その記述は寛政年間にまでたどることができる。金子直德の『和佳場の小図絵』から引用してみよう。
  
 六角越後守様御下屋敷 表御前に松の樹二本有り、有徳院殿御土産松と云て、道の上に覆ども枝を伐事ならず、寛政九年の春大雪降て、西之方の松倒れけるが、起して植ける。此松に十年斗前より蛇住て、木の空穴より出ては往来の枝の上に寝て、いびきの声高し。或時は男女縄のごとくなりて、三五日番居けるが、倒て後はその沙汰なし。
  
 寛政年間の鶴亀松は、細川家下屋敷ではなく六角家下屋敷の門前にあったことがわかる。大雪で西側の松が倒れたとあるが、そのダメージがのちのちまで尾を引き、幕末ないしは明治初期の落雷により樹体の脆弱化が進み、枯死が決定的になったのだろう。明治期には、西側の松は枯死して伐られ、東側の老松だけになってしまった時期があったらしい。
 ただし、残った東側の老松も明治のうちに枯死して伐採され、大正期には後継の若松に植えかえられていた様子が伝えられている。大正期が終わったばかりの、1927年(昭和2)に東京日日新聞に連載された、上落合685番地のプロレタリア作家・藤森成吉Click!『小石川』から引用してみよう。
  
 学校(日本女子大)の斜め向いには、旧大名細川邸の長い黒板塀が連なっている。その正門の両側に、「細川さんの鶴亀松」と呼ばれて名高い老松があった。私の記憶でも、その一本――あとでは確か後継の若松――は震災前まであった。が、あの天災で門が大破し、そこを潰して一連の塀に変ったと同時に、松の姿も消えて了った。(カッコ内引用者註)
  
目白台瓢箪型台地6.JPG
目白台瓢箪型台地7.JPG
鶴亀松ボードインコレクション.jpg
 明治期に、鶴亀松の向かいには「美人の評判が高かった」(同書)娘がいたそうだが、やがて蔦のからまる西洋館のカフェに変わり、茶屋の娘のそのまた娘が経営していたようだ。藤森成吉は、目白台に住む青年たちが訪ねてくると、「親に似た美人だ」という評判を昭和初期にさんざん聞かされているらしい。

◆写真上:広い草原が拡がる、帝大病院分院(のち東京大学病院分院)の跡地。
◆写真中上は、幕末か明治の最初期に日下部金兵衛が撮影した細川家下屋敷門前の鶴亀松。は、大正期と思われる地形図にみる源兵衛山の瓢箪型台地。は、帝大病院の分院時代から残るレンガとコンクリートの塀。
◆写真中下は、同じく東京大学病院分院の跡地。は、盲学校永楽病院(のち東京府立盲学校)へ向かう西側接道。大正期には、この道を新宿中村屋Click!に寄宿していたエロシェンコClick!が通った道だ。は、現在の筑波大学付属視覚特別支援学校。
◆写真下は、瓢箪型突起の西北側に建立された腰掛稲荷社。は、神田久保の谷間(現・不忍通り)へと下るバッケ(崖地)Click!坂。は、明治期に撮影された鶴亀松。

読んだ!(23)  コメント(23) 
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コメント 23

ChinchikoPapa

街中のあちこちで、紅白のウメの開花を見かけますね。ヒヨドリやメジロが、花々に集まっています。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ryo1216さん
by ChinchikoPapa (2018-02-16 13:30) 

ChinchikoPapa

こちらにも、メジロの群れが木々に集まっては、地味な声で鳴き交わしています。そろそろ、オナガの群れは山へ引き上げたのか、あまり姿を見かけなくなりましたね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kazgさん
by ChinchikoPapa (2018-02-16 13:33) 

ChinchikoPapa

現場の人手不足は、これからますます深刻ですね。
「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>おぐけんさん
by ChinchikoPapa (2018-02-16 13:35) 

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ありささん
by ChinchikoPapa (2018-02-16 13:35) 

ChinchikoPapa

鞍馬山は夏に歩くと、思いのほか涼しくて快適ですね。山道に木々が張り出していて、日陰が多いせいでしょうか。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyoさん
by ChinchikoPapa (2018-02-16 13:38) 

ChinchikoPapa

あちこちの庭で、ユズや夏ミカンがたわわに実っていますね。ママレード好きなわたしは、どちらかというと夏ミカンのほうに目がいきます。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>hirometaiさん
by ChinchikoPapa (2018-02-16 13:40) 

ChinchikoPapa

マーブルクッキーでもチョコでも、義理や本命を問わず食べてみたくなりました。w 「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>Mitchさん(今造ROWINGTEAMさん)
by ChinchikoPapa (2018-02-16 13:42) 

ChinchikoPapa

そういえば、サザンも「ヨイトマケ」を唄ってましたね。
「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>NO14Ruggermanさん
by ChinchikoPapa (2018-02-16 13:43) 

ChinchikoPapa

気温はこちらと、ほぼ同じですね。ブルブルふるえる寒さが、少し遠ざかったような気がします。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>okina-01さん
by ChinchikoPapa (2018-02-16 13:44) 

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>鉄腕原子さん
by ChinchikoPapa (2018-02-16 13:45) 

ChinchikoPapa

なにが「利用契約違反」だったのでしょう。著作物を一方的に削除したわけですから、その理由は説明されてしかるべきだと思いますね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyokiyoさん
by ChinchikoPapa (2018-02-16 15:05) 

ChinchikoPapa

わたしもつい先日、東大キャンパスにある博物館へいってきました。旧石器を見るためだったのですが、ほかの展示もかなり面白かったです。巨大な牛や馬のはく製がありました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>(。・_・。)2kさん
by ChinchikoPapa (2018-02-16 20:27) 

ChinchikoPapa

学生時代にM.ブラウンが来日したのは憶えていますが、コンサートには出かけなかったです。バイトで忙しかった時期ですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2018-02-16 21:18) 

ChinchikoPapa

ご訪問と「読んだ!」ボタンを、ありがとうございました。>はなみちさん
by ChinchikoPapa (2018-02-16 21:20) 

ChinchikoPapa

お隣りの県なのに、わたしも丸山酒造をまったく知りませんでした。案外、近くの酒は飲んでないようです。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>skekhtehuacsoさん
by ChinchikoPapa (2018-02-16 23:54) 

ChinchikoPapa

先日、招き猫が門前に建立されている近くの寺で、室町期と江戸期に作られた「猫地蔵」2体を拝観してきました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>soramoyouさん
by ChinchikoPapa (2018-02-17 00:02) 

ChinchikoPapa

巨石を主柱とする信仰は、どこか縄文期からのつながりを感じさせる聖域ですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>yamさん
by ChinchikoPapa (2018-02-17 19:32) 

ChinchikoPapa

そろそろ春闘時期ですが、ベアがなかなか中小にまで下りてこないのが現状ですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>siroyagi2さん
by ChinchikoPapa (2018-02-17 19:40) 

ChinchikoPapa

マロンのケーキとかロールと聞くと、必ず味見をしたくなります。モンブランには目がないんですよね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ADHD大ちゃんさん
by ChinchikoPapa (2018-02-17 21:37) 

ChinchikoPapa

河出の「ふくろうの本」シリーズには、ときどき急に欲しくなる本が出ます。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>simousayama-unamiさん
by ChinchikoPapa (2018-02-17 21:58) 

ChinchikoPapa

日本は赤やロゼの人気が高く、その輸入比率が高いと思っていたのですが、他国に比べて白の比率が高いのですね。初めて知りました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>fumikoさん
by ChinchikoPapa (2018-02-18 10:47) 

ChinchikoPapa

ご訪問と「読んだ!」ボタンを、ありがとうございました。>ネオ・アッキーさん
by ChinchikoPapa (2018-02-18 13:32) 

ChinchikoPapa

以前の記事にまで、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>アヨアン・イゴカーさん
by ChinchikoPapa (2018-02-25 15:40) 

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