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陸地測量部1/10,000地形図のゲラ校正。 [気になる下落合]

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 参謀本部陸地測量部が明治期より制作していた、1/10,000地形図の校正アカ入れ原稿を入手した。下落合が掲載されているのは、「東京府武蔵国/北豊島郡/豊多摩郡」という所属特設地区名称と呼ばれるものだが、そのうち「一万分一地形図東京近傍十七号(共二十七面)」つまり「新井」とタイトルされた地形図の校正原稿だ。
 地図の校正は、当該の地図が発行されるまでに何度か繰り返し行われていると思われるが、入手したアカ入れ原稿は初校=第1校紙版で、1929年(昭和4)10月16日の青いタイムスタンプが押されている。つまり、翌1935年(昭和5)に発行される1/10,000地形図のゲラ刷りに校正の“アカ”を入れたものだ。この校正作業には、校正科の水澤科長をはじめ6人の人物が校正作業にかかわっている。水澤科長は、校正科第1班の班長も兼務していたようで、第1班の要員3名と第3班の要員3名の計6名による校正で、それぞれ作業が完了したことを示す捺印が行われている。
 地図の校正とは、一般に出版や新聞、広告などの各業界で行われている作業とほとんど変わらない。すなわち、文字や線の欠け、かすれ、つぶれ、にじみ、抜けなどを指摘したり、余分な文字・線や紙面の汚れを「トル」にしたり、誤字・脱字や文字のゆがみ、地図記号の見やすさ、文字と線の重なりによる判読のしにくさをチェックすることだ。ときに、修正原稿と見比べて記号の抜けを指摘するような書きこみも見られる。
 たとえば、入手した校正アカ入れ原稿を参照すると、図面の右上枠外に記載されている「東京府武蔵国/北豊島郡/豊多摩郡」の「東」の文字がかすれ、「豊」の文字がつぶれているのが指摘されている。また、1/10,000地形図には欠かせない註釈、図面の右下枠外に記載される予定の2行の文章が、丸ごと欠落している。そこで、赤ペンでわざわざ「図郭外右肩ノ地名ハ本図所属特設地区ノ名称ナリ/真高ハ東京湾ノ中等潮位ヨリ起算シ米突ヲ以テ示ス」と、ていねいに挿入文を手書きで加えている。一般的な校正なら、タテに2本の棒を引いて文章が入ることを示し、「従前」あるいは「同前」と書き入れて、地図の前版を確認し同様の文章を挿入しろ……というような指示になるところだが、陸地測量部校正科の仕事は非常に厳密でていねいだ。
 また、戸山ヶ原Click!の西側に建設されている陸軍科学研究所Click!の敷地に、次々と施設の建物が増えているため、敷地内に記載してあった「陸軍科学研究所」の文字が読みにくくなってしまった。そこで、同研究所の北側に展開する戸山ヶ原Click!の余ったスペースへ、「陸軍」を省き新たに「科学研究所/技術本部」の文字を入れ、敷地内に記載された文字を「トル」ように指示している。また、市街地化が進み家屋が多く建ちはじめると、地形図では個別に家屋を収録・記載せずに、斜め線で市街地を表現するようになる。その斜め線=市街域記号を「囿線(ゆうせん)」と呼ぶようだが、1929年(昭和4)の時点で市街化が急だった、戸塚町上戸塚宮田エリアや長崎町大和田エリアでは、「囿線」の抜けやかすれが指摘されている。
 中には、なんの指示あるいは指摘だか不明なものもある。たとえば、目白通りの葛ヶ谷(西落合)に近い南側の道路端(下落合1555番地あたり)と、北側のなにもない等高線が描かれた斜面(葛ヶ谷57番地)の2ヶ所に、「電」という文字が記入されている。こんな位置に「電話局及自働電話」や「電信局」はないし、電力会社の「高圧電線」鉄塔や「無線電信電柱」もないし、ましてや「発電所及変電所」も存在しない。翌1930年(昭和5)に発行された1/10,000地形図を参照すると、「電」の指摘に対して特になにかが加えられたり、変更された形跡が見あたらないのだ。
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 さて、落合地域にしぼって校正原稿を見ていこう。ただし、同地形図「新井」には上落合や葛ヶ谷(西落合)の全域はカバーされているが、いちばん広い下落合(現・中落合/中井含む)の東側(目白駅側)の一部が切れている。大倉山(権兵衛山)Click!から東の山手線際までは、「一万分一地形図東京近傍十一号(共十九面)」すなわち「早稲田」に掲載されているのだが、当該地図の校正原稿は入手できなかったのでご紹介できない。
 まず、文字や記号の「かすれ」や「欠け」、誤字などが指摘されている。いちばん目につく誤植は、葛ヶ谷41番地の自性院Click!が「白性院」になっていることだ。さっそく、「自」という赤文字で修正が入れられている。また、落合町役場の「〇」記号に「欠」というアカ文字(記号が一部欠けている)が添えられているのと、目白通りをはさんだ北側の長崎町大和田4098番地(現・二又交番の位置)にある、「電話局及自働電話」記号がかすれているのがチェックされている。同様に、長崎町の天祖社にも「欠」のアカ文字が入れられているが、やはり鳥居マークの一部が欠けているようだ。さらに、氷川明神社Click!前の下落合駅には、「しもおちあい」の「し」が一部膨らんで記号のように見えるためか、「し」の赤文字が添えられている。
 そのほかの校正は、道路や等高線の線がかすれていたり、にじんでいたり、既存の線とズレていたり、あるいは曲がっていたりを指摘して修正するアカ入れが多い。川筋を眺めてみると、旧・神田上水や妙正寺川では、ところどころの土手が途切れ(かすれ)、まるで川が決壊しているように見える箇所にはアカ囲みがほどこされている。河川土手でインクの乗りが濃く、記号がつぶれて見えるところにも、ていねいにアカが入れられている。また、「妙正寺川」の「寺」の背後に家屋が重なって読みにくいので、製版上でなんとかしてくれるように丸囲みしている。同じく、線路に添えられた「西武鉄道」の「武」と「道」の背後にも道路が重なって読みにくいので、アカ丸が記されている。
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 わたしも校正のアカ入れは、1980~90年代にかけて仕事でさんざんやっているので、こういう校正原稿を見るとつい修正したくなる。すぐにも手直ししたいのは、目白文化村Click!からつづく谷名としてふられている「不動谷」Click!を、青柳ヶ原Click!西側の谷間(西ノ谷)の本来の位置へ移動するアカ入れとw、「前谷戸」を字名ではなく第一文化村からつづく谷戸名として、谷間の等高線上に配置するアカ入れ修正だ。ww また、1929年(昭和4)10月の時点で採取された目白文化村の家々があまりに少なすぎるので、「もっとマジメに調査・採取してね」と現場の要員に指示を出したくなる。w
 さらに、もっとも標高が高い城北学園(現・目白学園)の丘上(標高37.5m)の字名が、大正末の数年間だけ、なぜか低地にふられていた字名「中井」にされていたのが再び「大上」にもどっているのはよしとして、どうしてそのような大きな調査ミスないしは誤採取が発生したのかを徹底的に解明するよう、現場の調査員へ強く検証要求することだろうか。大正中期ごろ、堤康次郎Click!による目白文化村の開発と同期するように、不動谷が西へ移動しているのと、字名「大上」(大正中期以前)→「中井」(大正末)→「大上」(昭和初期以降)の再々変更には、多分に政治的な臭気が漂っているようだ。
 上記の、1929年(昭和4)10月16日(第1校)のような校正作業を踏まえて、翌1930年(昭和5)に発行された陸地測量部による1/10,000地形図(昭和四年第三回修正測図)を参照すると、アカ入れ校正をした部分の修正結果が観察できて面白い。前年の校正で指摘された部分、特に文字や記号、道路などに関しては、ほぼきれいに修正されているが、修正のミスや積み残しも見つけることができる。
 たとえば、大きなものでは長崎町大和田4103番地の表現だ。校正者は、区画にはすでに家々が建てこんでいるので1戸だけ採取された家を「トル」にして、道路に囲まれた区画全体を斜めの「囿線」=市街記号で覆えと指示しているように解釈できる。ところが、刷り上がった1930年(昭和5)の地形図では、区画全体に囿線をかけたものの「トル」に指定された1戸ぶんだけが削除され、その結果、囿線がかからない「トル」跡が“白ヌキ”状態になってしまった。こういうところ、製版担当者は融通のきかなかい生真面目な人物だったのかもしれない。
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 先に、目白文化村の家々がスカスカでちゃんと採取されていないと書いたが、昭和初期のこの時期、東京郊外を担当する取材調査員は次々と建設される住宅や商店を前に、てんてこ舞いの忙しさだったろう。変化した状態を克明に写しとろうとすれば、おそらく修正レベルではなく、もう一度イチから地図を作るほどの手間がかかったにちがいない。マンパワーもコストにも限りがある中、どこかで妥協をして入稿をしなければ、翌年の定期発行には間に合わなかったにちがいない。それは、ゲラ刷りを見つめてアカを入れつづけた、各班の校正者たちについてもいえることだろう。

◆写真上:1926年(大正15)7月発行の、陸地測量部による1/10,000地形図「新井」。
◆写真下:陸地測量部が制作した1/10,000地形図「新井」の、1929年(昭和4)10月16日付け「第一校紙版」と、翌1930年(昭和5)発行の「昭和四年第三回修正測図」。

読んだ!(22)  コメント(22) 
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コメント 22

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>はじドラさん
by ChinchikoPapa (2018-01-17 09:51) 

ChinchikoPapa

定期健康診断は専門のコースを用意している病院であれば、40~50分ですべての診察を終えるのが普通ですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ADHD大ちゃんさん
by ChinchikoPapa (2018-01-17 09:56) 

ChinchikoPapa

ソファの下でくるくる回る電球も気になりますが、アームの破れからはみ出ている“綿”が気になりますね。引っぱり出したくなります。w 「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ryo1216さん
by ChinchikoPapa (2018-01-17 09:59) 

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ありささん
by ChinchikoPapa (2018-01-17 10:01) 

ChinchikoPapa

いつも、「読んだ!」ボタンをありがとうございます。>鉄腕原子さん
by ChinchikoPapa (2018-01-17 10:02) 

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>おぐけんさん
by ChinchikoPapa (2018-01-17 10:03) 

ChinchikoPapa

安心して聴いていられる、1959年のJMアルバムですね。ヨーロッパへ渡る前の、K.ドリュー(p)のバッキングもいいです。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2018-01-17 10:10) 

ChinchikoPapa

ついこの間が大晦日だと思っていたら、早いものでもう1月も半分すぎてしまいました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>@ミックさん
by ChinchikoPapa (2018-01-17 10:11) 

ChinchikoPapa

下落合に住んだ「飛行機兄さん」こと、YS11の開発者である木村秀政は、近くのアトリエに住む松本竣介とは姻戚関係なんですね。ついこの間、気づきました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>NO14Ruggermanさん
by ChinchikoPapa (2018-01-17 11:06) 

ChinchikoPapa

どんどん年金から天引きされる額がふくらんで、特に遺族年金に頼っている方に、そのうち栄養失調の餓死者が出るのではないかと思います。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>siroyagi2さん
by ChinchikoPapa (2018-01-17 11:09) 

ChinchikoPapa

きょうは、そろそろ雨が降り出しそうな空模様で、かなり寒いです。
「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>okina-01さん
by ChinchikoPapa (2018-01-17 11:10) 

ChinchikoPapa

日本酒というと、どうしても米どころの北の方角へ目をむけてしまいがちですね。九州の酒は、ほとんど飲んだことがないと思います。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyokiyoさん
by ChinchikoPapa (2018-01-17 17:17) 

ChinchikoPapa

できればのんびりと、デッキでワインかシャンパンでも飲んでくつろぎながら、船旅でもしてみたいものですが、先立つものと時間がないですね。w 「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>fumikoさん
by ChinchikoPapa (2018-01-17 19:22) 

ChinchikoPapa

「いいともBLUE」というネーミングは、ちょっと時代を感じますね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>skekhtehuacsoさん
by ChinchikoPapa (2018-01-17 22:47) 

ChinchikoPapa

今年は嵐山の周辺に、ゲリラ豪雨による水害がないといいですね。
「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ネオ・アッキーさん
by ChinchikoPapa (2018-01-18 12:19) 

ChinchikoPapa

古墳時代に追浜の北側には、浅草湊と並ぶ大きな六浦湊がありましたので、「船越」はそのころからの地名なのかもしれませんね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>dendenmushiさん
by ChinchikoPapa (2018-01-19 09:52) 

ChinchikoPapa

わたしも一昨年、健康診断で再検査になりましたけれど、結局なんでもなかったですね。その病院ですが、リニューアルからまだそれほど年月がたっていません。w 「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>tommy88さん
by ChinchikoPapa (2018-01-19 09:54) 

ChinchikoPapa

こちらでは、コサギが池の小魚をねらいにきます。
「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>hirometaiさん
by ChinchikoPapa (2018-01-19 09:56) 

ChinchikoPapa

以前の記事にまで、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>
アヨアン・イゴカーさん
by ChinchikoPapa (2018-01-21 14:42) 

ChinchikoPapa

ごていねいに、こちらにも「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyoさん
by ChinchikoPapa (2018-01-21 14:43) 

ChinchikoPapa

こちらにも、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kazgさん
by ChinchikoPapa (2018-01-22 13:23) 

ChinchikoPapa

近くの公園で、紅葉と降雪が混じっていましたが、それもまた風流でいいですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>opas10さん
by ChinchikoPapa (2018-01-27 22:23) 

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