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佐伯ニワトリの引っ越しルート。 [気になる下落合]

鶏スケッチ.jpg map113.jpg
 1968年(昭和43)に発行された『繪』11月号(日動画廊)に、洋画家・鈴木誠Click!が気になる文章を寄せている。佐伯祐三Click!が、鼻が詰まって調子が悪いことを気にして、「蓄膿」症を治療するために空気がきれいな富士山の裾野へ引っ越す・・・と言い出すシーンだ。佐伯が、いちばん自信をなくしていたころのエピソード。生活をするために養鶏業をはじめようか・・・などとも言っている。佐伯アトリエのすぐ南に隣接して、青柳さんちClick!の東隣りに養鶏場があったので、にわかにニワトリを飼うことを思いついたのかもしれない。同誌から引用してみよう。
  
 画室の出来た当座らしい。冬の日差しが縁側一杯にさしていた或る日、スコップを借りに来た彼が、いつになく元気がなく、「俺は蓄膿らしい、富士山のすそのに坪一銭という土地があるそうだ、到底絵描きになれそうもないので、鶏でも飼って暮そうかと考えている、どうだろう」と言って縁側に寝そべっていたことがあった。 (同誌「下落合の佐伯祐三」より)
  
 事実、そのあと佐伯はニワトリを飼いだしたのだ。富士の裾野ではなく、下落合のアトリエで・・・。
 佐伯の素描に、ニワトリのスケッチがあるのがずいぶん前から気になっていた。てっきり、アトリエの南東側にあった養鶏場のニワトリをスケッチしたものだと思っていたのだが、どうやらちがう。おそらく、自分の家で飼っていたニワトリを写生したものだ。卵が採れるので、庭先で放し飼いをはじめたのだろうが、羽毛が黒い品種だったらしい。一時期、アトリエで連日食べていたすき焼きでも、産みたての卵が食卓にのぼっていたかもしれない。
 『新宿歴史博物館紀要・創刊号』(1992年)の曾宮一念Click!インタビューに、佐伯がニワトリを抱えて訪ねてくる場面が登場している。第2次渡仏直前の佐伯の様子を、同書から引用してみよう。
  
 それで行く前に、彼は玉子でもとる気だったんでしょう、黒いニワトリをね、私の所に持ってきて、お前にやると、貰ってくれと。放しといちゃ困るだろうと言ったら、小屋作ってやるって、板っきれを方々から集めてきて、小さな小屋を庭の隅っこに作ってくれた。それからアケビの木ですね、実がなって食べられる、それを2本持ってきましてね、僕の部屋の入口のとこに、2本植えていきましたよ。それから下が三角になってる、室内用では一番安物の、佐伯が使ってた画架を、僕が遊びに行ったら、これ君にやるって言って、どうしても聞かないんですよ。 (同書「曾宮一念氏インタビュー」奥原哲志より)
  
 佐伯がニワトリを飼っていたのは、結核には有効な高タンパクの新鮮な卵が得られるからだろう。
佐伯アトリエ増築.JPG 佐伯アトリエ内部.jpg
 曾宮一念は中村彝Click!の誘いに応じて、1920年(大正9)に下落合へアトリエを建設しはじめ翌年に完成、佐伯は1921年(大正10)にアトリエを建設と、ほとんど同時に下落合で暮らしはじめている。また、ふたりのアトリエは200mほどしか離れていない近所同士でもあった。曾宮は佐伯より5歳も年長、東京美術学校の先輩にもかかわらず、なぜか佐伯アトリエの増築を手伝わされている。
  
 建前だけはね、本職のトビに柱を立てさせて、あとは友達を呼んできて、壁からなにからね、屋根なんか布の便利瓦っていうので葺いて。私もね、漆喰壁やるのに手伝いましたよ。壁土をやって、それからツノガタとかいう海草を煮て、小さい板を買ってきて、それをポンポン打って、それに麻の束を巻いて、漆喰を塗りましたよ。 (同上)
  
 「曾宮はん、こっちの壁もよろしゅう」
 「・・・だけど佐伯君、なんでオレは、壁なんか塗ってるんだろ?」
 「さあ、なんででっしゃろなぁ」
 「・・・どうして、佐伯君のアトリエを、オレが造ってんの?」
 「ま、なりいきぃゆうのんと、ちゃいます?」
 「・・・・・・なんか、どっかで、間違ってるような気がするんだよな」
 「細かいことゴチャゴチャ気ぃせんと、曾宮はん、あんじょう頼んますわ」
駐車場.jpg 事情明細図ニワトリ.jpg
 いま、佐伯祐三の歿後80年を記念した、「佐伯祐三-鮮烈な生涯-」展が全国をまわっている。東京近辺では、5月10日(土)から6月22日(日)まで横浜駅前のそごう美術館Click!で開催される予定だ。先日、同美術館の学芸員の方が「カフェ杏奴」Click!におみえになり、佐伯展の割引チケットとパンフレットをわざわざ置いていってくださった。同展をご覧になりたい方は、ぜひ「カフェ杏奴」で割引券をゲットしてからお出かけいただきたいと思う。ちなみに、同展に出品された『下落合風景』シリーズClick!のうち、ほぼ11年ぶりに公開される「文化村前通り」Click!(個人蔵)がめずらしい1点。
 余談だけれど、大正期に目白駅Click!が目白通りに面していなかったことが、曽宮一念と鈴木誠の双方の文章からうかがえる一節を見つけたので、忘れないうちに掲載しておこう。
  
 当時は目白駅の近くに四、五軒の家があり、駅から階段を昇ると街道になっていて、しばらく桜の並木が続いていた。(同上/鈴木誠)
 ちょうど私の家は、佐伯のうちから駅のほうへ歩いていく途中にあったんです。で、それが目についたんでしょう。(同上/曾宮一念)
  
 鈴木誠の文章は渡欧する前、1922年(大正11)の少し前あたりの目白駅の様子、曾宮一念の文章は1921年(大正10)秋の、佐伯祐三が初めて曾宮邸を訪ねたときの情景だ。鈴木が書いた「街道」とは清戸道=目白通りのことであり、曾宮の文章ともども目白駅が目白通りに面しておらず、金久保沢の谷間にあったことを示唆している。
その後、目白駅の橋上駅化は1922年(大正11)と判明Click!している。
目白駅大正時代.jpg 目白駅大正末.jpg
 そして、大正期の目白駅を描いたスケッチ(作者不詳)と、おそらく大正の後期に新装なった目白駅舎の写真を手に入れた。スケッチを見ると、桜並木がつづく清戸道(目白通り)や目白橋から、駅舎が大きく離れていたのが見て取れる。手前の屋根が改札のある目白駅舎で、金久保沢の谷に建っていたのがわかる。駅舎の横(北側)には、佐伯祐三も米子夫人を乗せてよく利用したと思われる俥(じんりき)が並んでいる。また、右の写真のほうは、おそらく大正後半に行われた全面改装後の姿。この時点で、目白駅舎に“目白橋口”が設けられたように見え、大日本職業明細図に掲載された写真とほぼ同時期のようだ。つまり、ものたがひさんが指摘Click!されたように、目白駅の全面リニューアルは1925年(大正14)以前ということになりそうだ。

■写真上は、佐伯が1926年(大正15)ごろ描いた、おそらく自邸の庭にいたニワトリの素描。は、村山知義が描いた村山籌子『にわとりは みんな しあわせ』(1939年・昭和14)の挿画。
■写真中上は、曾宮が壁塗りを手伝ったアトリエ西側の増築部。は、その洋間内部。
■写真中下は、曾宮アトリエの跡。彼は佐伯からもらったイーゼルを、他界するまで大切にしていた。は、1926年(大正15)の「下落合事情明細図」にみる佐伯ニワトリの引越しルート。(爆!)
■写真下は大正期の、は1925年(大正14)以前あたりからと思われる目白駅。
 


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コメント 7

ChinchikoPapa

藁納豆は、惹かれますね。近所のスーパーへ出かけると、たいがい藁納豆に手が伸びます。nice!をありがとうございました。>納豆(710)な奇人さん
by ChinchikoPapa (2008-05-02 17:11) 

ChinchikoPapa

その昔、鎌倉へタケノコ掘りに出かけたことがありますが、やわらかいタケノコを手に入れるためには、地面の微妙な膨らみに気づかなければならず、難しかった憶えがあります。nice!をありがとうございました。>Krauseさん
by ChinchikoPapa (2008-05-02 17:14) 

ChinchikoPapa

子供のころ、親父が庭に大きな鯉のぼりを立ててくれたのですが、せいぜい2~3年ですぐに面倒になってしまったのか、五月人形で誤魔化されていたような気がします。nice!をありがとうございました。>sigさん
by ChinchikoPapa (2008-05-02 17:17) 

ChinchikoPapa

目白駅近くでも、「よさこい」をやっていました。豊島区は、繁華街がなぜか「よさこい」なんですかね。nice!をありがとうございました。>一真さん
by ChinchikoPapa (2008-05-02 17:25) 

ChinchikoPapa

どこからか祭囃子が聞こえる木蔭での昼寝というのは、たまりませんねえ。
nice!をありがとうございました。>takagakiさん
by ChinchikoPapa (2008-05-02 19:26) 

ChinchikoPapa

ドルフィーとトレーンとのコラボがいいですね。久しぶりに「Impressions」を堪能しました。それにしても、タイナーもエルビンもギャリソンも若い! nice!をありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2008-05-02 23:31) 

ChinchikoPapa

こちらをはじめ、たくさんのnice!をありがとうございました。>アヨアン・イゴカーさん
by ChinchikoPapa (2009-03-01 19:08) 

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