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下落合を描いた画家たち・鈴木良三。 [気になる下落合]

 1922年(大正11)に描かれた、当時は下落合の中村彝アトリエClick!近くに住んでいた鈴木良三の『落合の小川』(茨城県近代美術館蔵)。この風景がどこなのかは、茫漠としたモチーフにもかかわらず案外に特定しやすい。流れの規模からいって、間違いなく大正期の妙正寺川だ。
 遠景には、低い丘が連なっているのが見え、その下をせせらぎに近い小川が流れている。前方、小流れの先は左へ大きく屈曲し、手前は右へと折れて流れているようだ。ちょうど、流れが手前を右側へ大きく折れ曲がっていくポイントにイーゼルを立て、鈴木は本作を描いている。水は奧から手前へと流れているように見え、その向うに連なる丘陵は、もちろん目白崖線だ。大正期に家々がこれほど少ないエリアというと、旧・下落合の西部(現・中井1~2丁目)の界隈だと想像がつく。

 もうひとつ、この絵には描画ポイントを絞りこむ、重要なヒントが描かれている。中央に見える異様な構築物は、下落合の田島橋Click!は南詰めにある目白変電所Click!へと向かう、大正期に見られた東京電燈・谷村線の高圧鉄塔だ。谷村線は、山梨の水力発電でおこした電気を、東京市内へと送電していた。この高圧電線の下へ、4年のちに西武電気鉄道が敷かれていくことになる。つまり、この小川の流れは高圧送電線である谷村線の南側、のち西武電鉄の線路の南側を必然的に流れていることになる。落合地区を流れる妙正寺川で、線路の南を流れるエリアといえば、旧・下落合西部の南、現在の住所でいうと中落合1丁目の一部と中井1~2丁目、上落合2~3丁目、そして上高田4丁目のエリアしかないことになる。
 そして、目白崖線や送電線の谷村線へ向け、北西方向へ斜めに食いこんでいくようなかたちに屈曲した妙正寺川の流域は、1923~26年(大正12~15)当時の地図を見ていくと、ほぼ1箇所しか存在しないことがわかる。当時の住所表記でいえば、落合町大字上落合809番地あたりだ。丘陵の左隅の上には、おそらく下落合(中井)御霊神社の杜が繁っているはずだ。高圧鉄塔の左手あたりが、ちょうど六ノ坂が通う斜面だろうか。
 
 鉄塔の右手には、人家の赤い屋根がひとつぽつんと描かれている。1922年(大正11)といえば、関東大震災の前年であり、より地盤の固い安全な土地を求めて、東京市外へ宅地化の波が押し寄せてくる直前の時期にあたる。また、目白文化村の第一文化村が売りに出され、下落合の丘上には従来の日本家屋とはまったく違う、異様な街並みが出現していたころだ。でも、当時の妙正寺川の両岸は、いまだバッケが原Click!と呼ばれた上高田へとつづく広大な原っぱや、麦や野菜を栽培する田畑が拡がっているだけだった。
 鈴木良三は翌年の大震災のあと、生活に窮して画業をいったんあきらめることになる。いや、彼に限らず下落合の画家たちは大震災のあと仕事がなくなり、それぞれ転業Click!を考えていた。もともと医師の免許を持っていた鈴木は、ふるさとの水戸へ引き上げ医者への道を進みはじめた。
 
 現在の妙正寺川には、洪水防止のため昭和10年代に行われた整流化(直線化)工事により、この作品に描かれたような急角度で屈曲する流れはほとんど存在していない。また、コンクリートの護岸工事とともに川幅が大きく拡げられ、川底も深く浚渫されている。もはや、このような小川のイメージは、妙正寺川のどこにも見られない。降雨の流出率Click!がきわめて高く、大雨でも降ればものすごい濁流となって水位が一気に上昇する、新宿区でも有数の暴れ川となってしまった。つい先年も、台風の大雨により濁流となった巨大な水の力がコンクリート面に加わり、川沿いの護岸が道路も含めて大きく削り取られたのは記憶に新しい。
 鈴木良三の『落合の小川』は、妙正寺川が上落合を流れているので、厳密にいえば「上落合風景」となってしまうけれど、下落合側の目白崖線と東京電燈・谷村線が描かれているということで、「下落合を描いた画家たち」シリーズの中へ収録してみたしだい。

■写真上:関東大震災の前年、1922年(大正11)に描かれた鈴木良三『落合の小川』。
■写真中は、1923年(大正12)の「早稲田・新井1/10000地形図」。は、1926年(大正15)の「下落合事情明細図」。ともに、整流化工事前の蛇行する妙正寺川をとらえている。
■写真下は、1927年(昭和2)の妙正寺川。三ノ坂から四ノ坂下あたりの光景で、まさに小川だ。は、3時間ほどの大雨が降ったあとの妙正寺川。元バッケが原跡の落合公園付近にて。
 


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ChinchikoPapa

takagakiさん、ありがとうございました。
by ChinchikoPapa (2007-07-26 11:15) 

K.yamada

印象派の絵の様で 清々しい風景ですね
日本の風景だとは一瞬思えない絵でした。素晴らしいです。
ありがとうございました。
by K.yamada (2007-07-26 14:02) 

ChinchikoPapa

yamada様、コメントをありがとうございます。
こういう清流が流れる風情でしたので、清廉な水洗いを必要とする江戸友禅染めの工房が集まってきたのでしょうね。一時期は、下水が流れ込んで水洗いどころではなかったようですが、最近はまた水質が少しずつよくなり、妙正寺川ではありませんが下流の神田川で、試験的に水洗いが行われているようです。
http://blog.so-net.ne.jp/chinchiko/2006-01-31
いまでも、上落合と下落合は「江戸友禅のふるさと」と呼ばれて、妙正寺川沿いには見学させてくれる工房もあります。
http://www.kimono28.com/
by ChinchikoPapa (2007-07-26 19:07) 

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