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『赤い鳥』にみる大正期の媒体広告。(5) [気になるエトセトラ]

 

 以前ご紹介した、ホシ製薬の胃腸薬広告(左)のバリエーション。大正後半のころ、『赤い鳥』には胃腸薬広告がやたらに多く、三共製薬も子供用の胃腸薬を発売(右)している。「三共胃腸薬」はいまでも現役で売られているけれど、ホシ製薬はとうに消滅してしまった会社だと思っていた。ところがどっこい、いまでもちゃんと事業を継続していた。
 メインの「胃腸薬」のほかに、わたしもときどき飲んでいる不味い「笹の葉(熊笹)エキス」も発売していた。ホシ製薬は大正当時、銀座通りに面して社屋があったらしく、相当に繁盛していた会社のようだけれど、戦後は家庭薬ブームに乗れず大手の製薬企業へと脱皮しそこなったのだろう。銀座の社屋は、三越や丸善と並んで震災後のエッセイなどにも登場している。
  
 然るにこの不景気も、日本橋から銀座という東京目抜の通りに来ると、余り眼に付かない。三越、丸善、ホシ製薬、玉屋、天賞堂、白木屋と、まだいくらでもある有名な大商店、大銀行、大会社、大ビルディングがドシドシ復活して、古い暖簾(のれん)を振りまわしている。こうした大商店の復活は、或る一面から見れば、東京の貴族や富豪、又は中流以上の階級が、震火災の打撃をあまり受けなかった証拠とも云える。  (夢野久作『街頭から見た新東京の裏面』より)
  
 今回の広告は漫画形式になっていて、なんと「大国主命」がホシ製薬のセールスマンとなって登場する。東京では、もっとも人気のある総鎮守の出雲神なのだが、大国主はウサギさんへ「クスリノナマエガキキタイノカ イゝカネ ホシ胃腸薬」・・・などと、いわずもがなのコピーを吐いていくのだ。肩にかけた大きな袋には、ホシ胃腸薬がたくさん詰めこまれているのだろうか? 息子の代で国をヤマトに取られてしまったあと、うかうか隠居もしていられずに、ホシ製薬へ再就職をしたようなのだ。

 カルピスの広告は、ちょっと深刻なことになっている。やはり漫画形式なのだけれど、少し前の号から完全に子供にはわけのわからない、シュールな領域へと足を踏み入れてしまった。クライアントとクリエイターが、寄ってたかって訴求ポイントを盛り込んで修正し、お話を面白くしようと思っていじりまわしたあげく、とんでもない広告に仕上がってしまった・・・なんて経緯なのだろう。なにしろ、一夫一婦制のアリさんが妊娠して、悪阻(つわり)に苦しんでいるのだ。
 蟻五郎「君はどうしてそんなに強く大きくなつたのだ」
 蟻十郎「この頃はな、カル雄の台所の根太に巣食つてカルピスの空瓶を嘗めて居るからさ」
 蟻五郎「僕の所のワイフが悪阻で弱つているんだ」
 蟻十郎「カルピスを分けてやらう。あれは産婦の悪阻によく、その胎児がよく育つそうだ」
 蟻五郎の妻梨子「又赤砂糖ですか、あなたは働きがないから赤砂糖許りしか運んで来ない」
 蟻五郎「違う。今日はもつと甘いカルピスといふものだ」
 梨子は無事出産、子供は蟻松と名付けた。腹の中からカルピスで育つた蟻松は生れ落ちる時から力強く、芋虫なぞは一人で運ぶので仲間の褒め者。
 カルピスが、悪阻に効くとは初耳だ。よけいに気持ち悪くなりそうだし、お腹の胎児は糖分の取りすぎで、出産のときに骨折でもしそうだ。それにしても、ワイフの「梨子」さんがメチャクチャきつい。いつも亭主が赤砂糖をせっせと運んでくると、「あなたは働きがないから」・・・なんて、ひどいことを言ったりするのだ。芋虫をひとりで運ぶ、ちょっと偏屈に育ってしまったらしい蟻松の行く末も案じられる。
  
 次は、1921年(大正10)ごろから、いっせいに『赤い鳥』へ掲載されるようになったクレヨン広告。この3つのクレヨン会社で、いまでも健在なのは「桜クレイヨン商会」(左端)だけだ。現在は、クレヨンのあとに発明されたクレパスの名をとって、株式会社サクラクレパスClick!となっている。
 大正の中期に、クレヨンは国産が開始されて学童用品のひとつとなった。山本鼎による「自由画運動」が提唱されたのも、ちょうどこのころのこと。「王様クレイヨン」も「第一クレイヨン」も聞いたことがないけれど、南品川にあった中央商会の「第一クレイヨン」広告(右端)へコピーライティングしているのは、なんと岸田劉生Click!だ。(爆!)
  
 提灯持ち
 中央商会のクレイヨンはこれ迄の和製品の粗悪であると云ふ観念をくつがへすに足りる事を燈明する。本品は確かに米国製あたりの物よりも品質がよろしい。児童図画教育上の一つの幸福だと思う。
 第一にこれ迄のクレイヨンは和製はもとより舶来品でも色を重ねる時紙にうまくのらなかつたが本品は其欠点が実に少ない。大変気持よく紙にのる。次に色がよろしい事、第二に暑い時でもグニヤグニヤしない事、それから価格は一般の和製品と大差なし、舶来品の半価位の由、これ等の提灯持ちは決して嘘ではなく良い物が出来た喜びから敢てたのまれてする訳である。以上。   岸田劉生曰
  
 広告文を書くのが気恥ずかしかったのか、自から「提灯持ちは決して嘘ではなく」などという言いわけがましいことを書いている。「バッカ、バッカ!」の癇癪持ち岸田劉生が、これほど褒め言葉を並べることが、すでに当時からめずらしいことだったのかもしれない。
 以上、『赤い鳥』で目についた面白い大正期の媒体広告を、5回にわたって連載してみた。

■写真:ともに1924年(大正13)の『赤い鳥』7月号に掲載された広告より。


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コメント 8

ChinchikoPapa

いつもたいへん恐縮です。ありがとうございます。>takagakiさん
by ChinchikoPapa (2007-07-02 16:27) 

ponpocopon

クレイヨンの広告を見て、学齢前だと思うのですが、友達にクレヨンで思い切りボディーペインティングをして、ひどく叱られたのを思い出しました。
by ponpocopon (2007-07-02 22:09) 

ChinchikoPapa

ponpocoponさん、こんにちは。
学齢前から、しっかりアートしてますね。(^^ 肉体をキャンバスにするのは、どのような感覚でした? でも、洗い落とすのがたいへんそうです。お風呂に入っても、なかなか落ちなかったのではないかと。(笑)
by ChinchikoPapa (2007-07-03 00:53) 

ChinchikoPapa

あっ、お礼を忘れてしまいました。
ponpocoponさん、nice!をありがとうございました。
by ChinchikoPapa (2007-07-03 00:56) 

アヨアン・イゴカー

『赤い鳥』にこのような広告が載っていたのですね。『赤い鳥』と言うと、恐らく再編成したもので小峰書店が発行したものが我が家に昔ありました。高学年用のものは姉に読んでもらったり、低学年用の簡単なものは自分でも読んでいました。
by アヨアン・イゴカー (2010-10-04 23:26) 

ChinchikoPapa

アヨアン・イゴカーさん、コメントとnice!をありがとうございます。
わたしは、『赤い鳥』を大人になってから読みました。中身の物語や詩も面白いのですが、子供向けに制作されたイラスト入りの広告に、やはり目がいきますね。ついつい、広告だけを見るために各号をたどってしまいます。
by ChinchikoPapa (2012-02-12 22:07) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2012-02-12 22:09) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>yutakamiさん
by ChinchikoPapa (2012-02-12 22:55) 

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