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負け犬のシネマレビュー(10) 『クライング・フィスト』 [気になる映像]


こういう映画を待っていた
『クライング・フィスト』(リュ・スンワン監督/2005年/韓国)

 前回、もし彼が力道山を演ったら・・・と書いたチェ・ミンシクがレスラーならぬボクサーに挑んだのが、この映画=泣拳である。事業に失敗、借金取りに追われ、妻子にも逃げられ、残されたのはアジア大会の銀メダルだけ。苦肉の策で過去の栄光を首からぶらさげ、『殴られ屋』として街に立ったカン・テシク(役名)にはモデルがいる。
 晴留屋明(ハレルヤ アキラ)。1963年、青森で生まれた彼は中学を卒業後、就職のため上京。17歳でプロテストに合格し、20歳でデビューしたライト級のボクサーだ。26歳で引退した後、設立した電気工事会社は4年で年商1億4千万の企業に成長するが、1億5千万の借金を残して倒産する。その借金を返すために思いついたのが殴られ屋だった。歌舞伎町の路上に立つ彼の姿は日本国内でも多くのメディアが取り上げたが、2000年2月、韓国のテレビドキュメンタリーでも紹介された。

 1年後、同じ番組ではないが韓国のテレビドキュメンタリーに登場したのが、81年生まれのソ・チョル。こちらは17歳のとき起こした傷害事件で収監された少年刑務所でボクシングに出会う。19歳で所内から全国体育拳闘大会に出場。ヘビー級で銀メダルを獲得し、出所後プロデビューした。番組放映後の02年には、ソウルで開催されたK-1ワールドグランプリで準決勝まで進んでいる。
 いずれ劣らぬ強烈な経歴を持つふたりのボクサーがもし同じリングで闘っていたら・・・とは誰もが考えそうなことだが、でもどうやって? というところから映画ははじまる。
 金にも家族にも見放されたカン・テシクに残されたのは身ひとつ。と書けばかっこいいが、40歳でこれはつらい。そのうえ、こうなっては過去の栄光はものの役に立たないどころか、邪魔なだけ。もちろんそれにこだわっているのはテシク本人なのだが、たまに元スポーツ選手なんかがせこい詐欺を働いて捕まることを思えば、この男、自虐的なほど潔い。わずかな金のためにルールのない路上に立ち、客のパンチに自意識を打ち砕かれながら、案外つまらないプライドから解放され、自由になっていったのではないか。そう思うのは私が楽天的だからかもしれないが、飲んだくれて愚痴を言いながらも、ひとを欺くわけでも盗むわけでもなく、体を張ってその日の糧を得るなんて、高潔じゃないか。

 一方、テシクが見せ物になっている路上から、ルールのなかへと放り込まれるのがユ・サンファン(役名)である。孤独と悲しみに縁取られながら憎悪に満ちた鋭い目つきはまさにちんぴら。必要最少限のことばしか発しない口をついて出るのは悪態ばかり。私たちが思い描くボクサーのキャラクターにぴったりのこの役者リュ・スンボムは、スンワン監督の実弟でもある。腕っぷしの強さだけで生きてきた礼儀知らず、負け知らずの不良が最も嫌うのもまた、人前で恥をかかされることだ。しかし生まれてはじめての秩序のなかで自分自身と向きあうことを課せられたサンファンは、自由を奪われたからこそ、リングという本当に勝負すべき舞台を見つけたのではないか。
 ふたりの物語は別々に進行するが、かれらは落ちぶれると、とたんにびんぼうくさくなる“持つ者”ではない。もともと無学で何も持たないふたりにとっては、振りだしに戻っただけのこと。テシクのみじめな姿が高潔に見えるように、だぶだぶのストリートファッションからブルーの拘束服に着替えたサンファンがボクシングに打ち込むストイックな姿はまるで修行僧に見えてくる。

 メダリストでなくてもプライドはある。ちんぴらでなくても虚勢を張って生きている。誰だってみじめな思いなどしたくない。衣食足りて礼節を知る、貧すれば鈍するとはよく言ったもので、飢餓感は人間の本性を露わにする。本性、つまり弱さが描かれない物語ほどつまらないものはない。どんなひとの人生も唯一無二のオリジナルだが、生き死ににはいくつもの共通点がある。だから、ひとはアカの他人を描いた物語に共感し、共鳴し、自分にないものに惹かれ、その結末に落胆し、心躍らせるのだ。
 この勝負に負けたら後がない40歳と、この勝負に勝たなければ前に進めない20歳。どちらにとっても正念場の闘いは本気で手に汗握らせる。飢餓感という人間の本性に迫りながら、節度を増していくすばらしいふたりのボクサーを、みごとな構成で描いた若干32歳のリュ・スンワン監督、もしかして天才かも。
                                                                                                        負け犬
『クライング・フィスト』公式サイトClick!
4月15日から全国の映画館でロードショー

■写真:おまけ。中村彝アトリエ前の負け犬さん。・・・手しか見えないじゃないか。(><;☆\


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ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>さらまわしさん
by ChinchikoPapa (2015-01-29 20:39) 

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