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いつかどこかで、デジャビュ。 [気になる下落合]

 この「下落合風景」は、残念ながら佐伯祐三の死後に刷られた、モノクロの絵葉書でしか観ることができなかった作品だ。でも、この絵を観たとたんに、ある場所の光景と一瞬で重なってしまった。昭和初期に生まれてなどいるはずもないのだが、いつかどこかで、確かに見た風景なのだ。ほんのわずか逆「く」の字型に曲がった道路、手前の塀が途切れたあたりから右手へと急に下っているような脇道、左手の塀が途切れたあたりに見える、小さな鳥居の上部のようなかたち、塀がつづくにもかかわらず、内側に邸宅が見えない様子・・・。

 この塀には出入り口らしい箇所が見えないので、屋敷の裏塀のようにも思える。でも、かんじんの建物が見えないのは、ここが急激に下がっている地形だからではないか? 手前の塀が切れて右へと折れる道は、すぐに下にある家屋へとくだる階段がつづいているのではないだろうか。70年代の中ごろに、この白っぽい塀はすでになく、数棟の屋根が連なっていたと記憶しているが、なによりもこの道から眺めた奥に並ぶ家々のかたちに、なんとなく見憶えがあったのだ。いまでものお宅と思われる建物は、そのまま変わらずに残っている。

 大正期には「洗い場」と呼ばれる泉が、戦前には湧水プールがあった谷戸の崖上の道ではないだろうか。聖母坂とほぼ並行に通る、久七坂の尾根道を目白通り方面に歩いてくると、左手に大六天の社(やしろ)がある。江戸期には、薬王院持ち諏訪社の境内であり、通称「諏訪谷」と呼ばれていた谷戸だ。この大六天は崖上にあって、鳥居は南側の位置に設置されているが、大正期にはどのような様子をしていただろうか?
 
 久七坂からつづくこの道は、諏訪社の東側境界線の曲線と一致している。佐伯が「下落合風景」を描いた当時、まだ聖母坂は存在しておらず、絵の道を西へたどると聖母病院北辺の道へと通じていた。聖母坂と聖母病院一帯は、池や沼が点在する谷戸に拡がる湿地帯だった。現在では、この諏訪谷へと下りられる、大六天社の西側に沿ったなだらかな道、あるいは絵に描かれた道の、さらに手前に設置された急な階段が存在している。昭和初期には、階段のほうは不明だが、大六天社の脇道はすでに開かれていたのが空中写真で確認できる。旧・下落合2丁目661番地(現・中落合2丁目)にある佐伯祐三のアトリエから、わずか5つの曲がり角で来られる場所だった。
「セメントの坪(ヘイ)」と比定している同作には、制作メモに残る15号のほかに曾宮一念が証言する40号サイズと、1926年(大正15)8月以前に10号前後の作品Click!が描かれた可能性が高い。
 
 この大六天社あたりを境に、北側と西側は空襲ですっかり焼けているが、南へとつづく尾根筋、目白崖線を下る久七坂へと抜ける尾根道は、下落合の町内でも空襲の被害にほとんどあわなかった地域だ。だから、大正期から昭和初期に建てられた住宅が、いまでもところどころに残っている。わたしがこのあたりを散策し始めたのが70年代前半だから、そのころにはまだたくさんの古い建物が、そこかしこに残っていただろう。だから、この絵の風景にも強い既視感をおぼえたのかもしれない。

■写真上:佐伯祐三「下落合風景」(1926年ごろ)
■地図:大正期の「落合町市街図」(部分)。この図は南北が逆で、目白通りを中心に作られている。
■写真中は1936年(昭和11)、は1947年(昭和22)の空中写真。
■写真下は、作品とほぼ同じ角度から撮影した現状。少し撮影角度が浅いが、佐伯の絵では左手に空き地のようなスペースがあり、彼はそこへイーゼルを据えていたのがわかる。は、大正期に建てられたとみられる住宅。描かれた家並みの3棟目、の家に相当する。


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読んだ! 3

コメント 2

はじめまして、ですが、しばらく前から、時々、読ませていただきました。
ブログの限界を超えたような中身の数々で読み応えあります。佐伯雄三さんを扱ったシリーズ物は、すごい読み物になっていて、楽しみにしています。
by (2005-10-29 07:06) 

ChinchikoPapa

みちあきさん、はじめまして。コメントをありがとうございました。
このところ毎日、佐伯祐三の「下落合風景」を見つめているのですが、絵の中の「下落合」へ吸い込まれそうになっています。佐伯の絵をあまり眺めすぎますと、身体によくなさそうな気がします。(笑) これらの「下落合」シリーズにも、米子夫人の「北画」マジックが加筆されているのかもしれませんが・・・。
by ChinchikoPapa (2005-10-29 23:45) 

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