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「中村彝アトリエ保存会」サイトがオープン。 [気になるWeblog]


 以前からこちらでお伝えしている、中村彝(なかむらつね)アトリエ保存についてのテーマだが、3月に入って「中村彝アトリエ保存会」が設立され、保存へ向けた本格的な活動がはじまった。それにともない、このサイトに掲載してきた中村彝とアトリエに関連する記事を整理してみた。時間がないのでやっつけ仕事になってしまったけれど、トップページからセカンダリーメニューへ移行した。
 いつのまにか、「わたしの落合町誌」のメニューは膨大なボリュームとなっていて、かなり前からメニューの整理については、いろいろな方から「探しにくい!」とのご指摘を受けていた。これを機会に、少しずつ取り組みたい課題のひとつとなっている。同様に、佐伯祐三と『下落合風景』に関する記事も、一括閲覧できるように整理してみた。『下落合風景』の描画ポイントからの記事へのアクセスページClick!は“縦串”としてすでに存在しているので、セカンダリーメニューへの集約により記事を効率的に横断できる“横串”もできた・・・というわけなのだけれど、また記事が溢れてきたらどうしよう。・・・先のことは、考えない。(爆!)
 もうひとつ、「中村彝アトリエ保存会」の専用サイトをオープンした。アトリエの所有者であるS様が設定された、保存までのタイムリミットは3月末までだけれど、2月23日(金)に行われた新宿区議会・予算特別委員会の教育委員会答弁、および区長(地域文化部)答弁では、いちおう区の前向きClick!な姿勢が感じられたのは明るい材料だ。その後も、「保存を前提に」という答弁がなされたことも聞こえてきている。おそらく“短期決戦”となるだろうから、HTMLをいちいちコーディングしているまだるっこしさを排して、ブログ形式がふさわしいように思う。

 また、「中村彝アトリエ保存会」のリンクバナーも2種類作成してみた。お好きなほうを、ご自由に活用していただければ幸いだ。少しでも多くの方に、中村彝アトリエが現存することと、その保存活動が行われていることを知っていただきたいと思う。
●アトリエバナー

●エロシェンコバナー

 また、「中村彝アトリエ保存会」の賛同者を募集している。すでに、地元のみなさんをはじめ、全国規模の美術界・建築界・文学界など多彩な分野から、数多くの方々がご賛同の名前を連ねている。(3月9日現在で147名のみなさま) 署名とは異なり、お名前と居住地(○○区○○在住)または肩書きだけなので、詳細な個人情報が漏れる心配はない。ほんとうは、サイトでメールアドレスを公開し、大々的に賛同者を募りたいのだけれど、なにしろ中村彝のネームバリューが全国区なので、ちょっと臆してしまうのだ。メールをひとつひとつ確認して処理する能力が、残念ながら事務局にはまだない。仕事を抱えながら活動される方が多く、負荷が高すぎて日常業務に支障が出てしまいそうだ。
 さらに、「中村彝アトリエ保存会」では活動費のカンパをお願いしている。ゼロからの出発なので、活動費がほとんどまったくない。いまのところ手弁当で活動しているが、事務費や通信費、文具費などなにかと物入りだ。詳細は、「保存会」サイトで近々ご案内の予定。
 1916年(大正5)築の中村彝アトリエが現存していること知ると、とうに解体されてしまったと思われていたのか、驚愕される方が多い。また、水戸の茨城県立近代美術館へ移築されてしまったと、勘違いされている方が多いのにも驚く。彝アトリエの現物は90年前そのままに、いまだ下落合に残っているのだ。
ぜひ、保存へのご協力をみなさまへお願いしたいしだいなのです。<(_ _)>

■写真上:「中村彝アトリエ保存会」サイト。
■写真下:春めいた光の中、中村彝アトリエの近影。


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きょうでブログ歴2年め。 [気になるWeblog]

 早いもので、きょうでブログを始めて丸2年になる。当初は、どのようなブログにしようかなかなかイメージがつかめなかった。わたしの身のまわりで起きることをつれづれ書いていく、つまり本来のWebログの目的どおり日記風の書きだめをするつもりでいた。ところが、いつの間にかわたしの思惑を離れて、このメディアが“ひとり歩き”を始めてしまったのだ。
 身のまわりで起きることとは、わたしが住んでいる目白・下落合界隈で起きることよりも、好んで散策するふるさとClick!の下町界隈、特に日本橋中心の記事が多くなるだろうと予想していた。ところが、下町散歩へはよく出かけているにもかかわらず、ブログのコンテンツはどんどん山手のご近所のテーマが多くなっていく。しかも、当初は現在進行形の記事がほとんどだったのだけれど、わたしが70年代にチラリとその最後の残照を目撃していた目白文化村Click!のことを書きはじめてから、コンテンツががらりと一変してしまった。
  
 地元、目白・下落合界隈に去来した人々の物語を掘り起こすのが、むしょうに楽しくなってしまったのだ。以来、ブログの記事数は500を超えているけれど、拾い集めた資料や物語の5分の1もいまだ書けていない。膨大な資料や取材ノートや画像データのフォルダに埋もれながら、わたしの非力にため息をつくばかりの日々がつづく。
 もうひとつ、わたしが意外だったのは、目白・下落合Click!について知りたいと思っている方々が、新宿区のみならず都内のみならず、全国的にいらっしゃるということだ。特に、もはや幻となってしまった目白文化村をはじめ、下落合に暮らしまさに“芸術村”を形成していた画家や作家たちの軌跡、かろうじて戦災をまぬがれた貴重な近代建築群、そして目白崖線の自然や下町の柳橋と直結する神田川(旧・神田上水/江戸川)などの記事は、びっくりするほどの数の方々が訪問されている。また、間借り人・負け犬さんClick!の「シネマレビュー」は、ビジター数も多いがトラックバックもすごいことになっている。ほんとに面白い映画を求めている方々が、いかに多いかがわかる現象だ。わたしのブログの訪問者は、この11月でのべ45万人を超えた。

 さて、これからどうしよう? たまに、チラチラと打ち上げられる仕掛け花火のように、御城下町Click!(旧山手含む)の記事を書いてはいるけれど、こちらのテーマも書きたいことが山積している。パソコンに保存されたデジカメ画像の容量を比較すると、下町画像を「10」とすれば、地元の目白・下落合界隈の画像はいまだ「3」ぐらいだろうか。ところが実際に書きはじめると、この比率はあっさりと逆転してしまう。
  
 わたしの世代は、オリンピックを境に城下町としての東京の町場に息づいていたコミュニティに、最後のトドメが刺されるのを、かろうじてじかに目撃している。下町が大きな変貌をとげる、ちょうど端境期に行き合わせたようなものだ。親父に連れられてさんざん歩いた、わたしがまだ子供時分のことだが、それ以前を語れるお年寄りはたくさんいる(過去にもいた)し、以降の新しい町(壊れた地域)の情報はあちこちに溢れているけれど、ちょうど、その端境期の様子が語られることは少ない。小林信彦の「町殺し」エッセイ群はむしろ例外で、壊されつづけた“敗残”と“荒廃”の下町を、ことさら描写したくないのが人情なのだろう。
  
 だから、というわけでもないけれど、この町で起きた“荒廃”の様子を描きとめておかなければ・・・という気持ちも動く。いまや、新乃手たる目白・下落合あたりまで忍び寄ってきた、「地域再開発」という名の地域(コミュニティ)破壊や環境破壊を前に、城下町・東京に横溢していた60~70年代の“敗残”光景を、いま一度、反面教師として銘記しておきたいという誘惑にかられるのだ。
 地域の人口が一気に半減し(いまは少し回復している)、夜になるとまったく人っ子ひとり見かけないような街に、目白・下落合をしたくはない。そんな想いもあるのだけれど・・・。

■写真上:愛宕山上空から見た、千代田城の内堀域。巨大な(城)下町東京の姿だ。
■写真中上から、日本橋川と日本橋、薬研堀不動、両国橋(大橋)の西詰め。
■写真中下から、不忍池、常磐橋と日本銀行本店、谷中の屋根つづき。
■写真下から、浅草六区の演芸ホール、浜離宮と東京湾、大川と永代橋。


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佐野川市松でいこう。 [気になるWeblog]

 

 昨年の暮れから、仕事がバタついている。実感はほとんどないけれど、少しは景気が上向いてきたのだろうか? これまで、平日は毎日書いていたブログのローテーションが、とうとう危うくなってきた。(ということは、いままでヒマだったのか?/汗) 書きたいテーマは山積しているのだけれど、あまりにも時間がなさすぎる。それでも、冬休みにはできるだけ書きつづけ、取材や調べものを重ねてきたのだが、どうやら頭も身体も限界でもちそうにない。やはり、4つのサイトを作り分け、運用管理するのは土台ムチャな話なのだ。
 ブログスパムにも、かなりうんざりしてきた。連日、トラックバックとコメント欄にアダルト系のものが送りこまれてくる。スパムブロックやスパムフィルター機能をいくら設定しても、終わりのないイタチごっこだ。最近のブログスパムは、別にアダルトサイトへ誘導するために送られてくるのではない。明らかに、SEO(Search Engine Optimization)を意識している。検索の上位に自サイトを表示させるには、ピュアテキストベースのブログへ、リンク付きのスパムコメントやスパムTBを大量に送りつけるのがとても効果的なのだ。昨年末で、500万のユーザを抱えたといわれるブログだけれど、そこへ少なめに見積もって1日1スパムが送りつけられているとすると、防衛する側の運用管理者はもちろん、ネット全体に膨大な負荷がかかっていることになる。コメント機能とTB機能を、ともに削除してしまえばいいのだが、ブログの楽しみは半減してしまうだろう。
 
 ブログスパムにも疲れたし、書いている時間もなくなりつつある・・・ということで、ここは「佐野川市松」方式でいこうと決心。この方式、わたしのオリジナルではなく、ブログ「浮世絵風美人画」Click!ponpocoponさんの写し、まるっきりのモノマネだ。ブログのカレンダーを、市松模様に塗りつぶしていこうという算段。要するに、1日おきに記事を書くペースとなる。ひょっとすると、連日アップができたり、3日おきになってしまったり・・・と、うまく市松模様にならないかもしれないが、そこはご愛嬌。ちょっとここのテーマを離れ、他のことに集中したい事情もある。
 わたしは、昔から市松模様が大好きだ。「一と小間置き」に染め分けられた、しぶい色合いの衣装やデザインに強く惹かれる。なぜなのかは不明だが、どこか忘れられた記憶の片すみに、きっと強烈な印象を受けた、原体験としての「市松」があるにちがいない。ついでに、ブログのプロフィールも、写楽の「佐野川市松」に直しておこう。・・・初の女形で、われながら少し気持ちが悪いのだが、ご容赦!

■写真上:東洲斎写楽の、は「三世佐野川市松の祇園町の白人おなよ」図、は「三世佐野川市松の祇園町の白人おなよ市川富衛門の蟹坂藤馬」図。
■写真下:ponpocoponさんのブログカレンダーと、「市松」に取り憑かれたわたしの携帯。椎名林檎の着メロ「幸福論」が流れるたび、急ぎの仕事で“不幸”になる。


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きょうでブログ歴1年。 [気になるWeblog]

 早いもので、きょうでブログを始めてから丸1年になる。最初は身のまわり、わたしの日常生活で起きた物事と、ついでに今ではほとんど語られることもなく、忘れ去られようとしている江戸東京の下町の物語や想い出を、つれづれ書きとめて記録しておこうとスタートしたのだけれど、いつの間にかかなり違う方角へとズレてきてしまった。
 そのズレた原因のひとつは、30年近く住んでいる地元・下落合とその周辺が、あまりに面白すぎるからだ。わたしは、どちらかというと自然の美しい景色や街のたたずまいよりも、人の“物語”に強く惹かれる。その土地に住み、主張し、愛し合い、怒り哀しみ、笑い憂い、そして消えていった人たちの囁きに耳を傾けることが、なぜか好きなのだろう。わたしの故郷である下町は、エト゜(岬)の東辺に“海神”が上陸した伝説(湘南に上陸した出雲のそれとおそらく同系伝説)から数えれば、1600年を超える物語の宝庫だが、下落合も数多くの物語(特に近代史)が眠る土地だ。そして、ここで暮らした人々のささやかな呟きが日々、わたしの耳に何事かを囁きかけてくる。そんな声に耳をそばだてながら、ブログを少しずつ書きためていけたらと思い始めて、あっという間に1年がすぎてしまった。
 もうひとつ、とても意外だったのは、おそらく下町、特に日本橋や本所・深川界隈に愛着を持っておられる方々と、地元の下落合とその周辺に馴染みのある方々がアクセスされるだけだろうと思っていたのだが、ブログを訪れてくださった方は、コメントを拝見する限りおよそ全国各地におよんでいる。

 一昨日の夜、アクセス数が17万を超えた。「目白文化村」サイト「わたしの落合町誌」サイトとを合わせると、ゆうに26万アクセスを超えている。新宿区の人口に近いこの数字に、わたしはめまいがしそうだ。そもそも、きわめて私的でローカルな「日記」であるはずのブログが、これほど多くの方々に読んでいただけるとは、正直、考えてもみなかったことだ。
 ・・・ということで、この1年間、わたしのブログを訪れてくださったみなさまに、心よりお礼申し上げます。もうそろそろ飽きがきそうで不安ですが、これからもよろしくお願い申し上げるしだいです。

■Chinchiko Papalogログデータ(2004年11月24日~2005年11月23日現在)
●11月23日現在の総ビジター数170,859

●人気が高かった記事ベスト1

下落合、タヌキの通い路。2,288人
 あいかわらず、下落合ダヌキは大きな注目を集めているようです。屋敷森界隈にいる2家族の都合4匹の子ダヌキは、無事成長して親離れをしたのでしょうか。

●コメントがたくさんの記事ベスト1

下落合が気になったわけ。33コメント(2,224人)
 下落合を舞台にしたドラマ『さよなら・今日は』は、実に多くの方々へ強い印象を残しているようです。記事の掲載から1年がすぎても、コメントが寄せられつづけています。

●トラックバックが多かった記事ベスト1

負け犬のシネマレビュー(1) 『ウィスキー』 …14TB(582人)
 これはわたしの記事ではなく、間借り人の「負け犬」さんClick!のレコード。プロの書く文章は、読み手を瞬時に惹きつける魅力が圧倒的で、わたしもせっせと見習わなければ・・・。ちなみにトラックバックのベスト2も、負け犬のシネマレビュー(3)『ヴェラ・ドレイク』(11TB)でした。

■写真:下落合らしい風景のひとコマ。


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きょうでブログ歴6ヶ月。 [気になるWeblog]

 昨年の11月24日にブログをはじめてから、きょうでちょうど半年になる。わずか6ヶ月ではあるけれど、実にいろいろなことがあった。まず、「下落合」というキーワードを通じて、地元の多くの方々とお知り合いになれたことだ。(ハナボッチさんに深謝!) また、そのキーワードにより、お隣りの高田・戸塚・早稲田などにまでつながりが拡がりつつある。下落合とその周辺には30年近くも住んでいるが、バタバタと仕事をしていると、どうしても地元との縁が薄くなりがちだ。それまでは、向こう三軒両隣りではないけれど、ほんとうにご近所と、オスガキどもの幼稚園や学校を通じての知り合い、そして行きつけのカフェ「杏奴」を介した知り合いしかいなかった。それが一気に拡がった。おまけに、地元のタヌキ君とも知己を得ることができた。
 また、ふだんは都内を打ち合わせで駈けまわっているのだが、カメラが手放せなくなった。ブログの記事ネタ探しなのだが、これがけっこう有意義なのだ。ふだん、何気なく通りすぎてしまう景色でも、立ちどまって注意深く観察すようになった。ボーッとすごしていたのが、あえて意識的にモノを見て考えるようになった・・・と言えるのかもしれない。これは、歳とともに既成概念や予定調和によって曇らされがちな視界を、もういっぺん晴らすいいキッカケになるのかもしれない。
 

 そんなこんなで、わけもわからずにやってきた半年間だったけれど、モノグサな性格なのにわれながらよくつづいていると思う。でも、もともと飽きっぽい性格だから、いつ「や~めた!」となるかわからない。ブログよりも面白いことが見つかれば、さっさとそっちへ行ってしまうに違いない。これからは、なんてったってサーフィンの季節だもんね。それに、CKBや東京事変のライヴに、お化け・幽霊のたぐいも好きだし・・・。(笑)
 ということで半年間、わたしのブログを訪れてくださったみなさまに、心よりお礼申し上げます。いつまでつづくかわかりませんが、これからもよろしくお願い申し上げます。<(_ _)>

■Chinchiko Papalogログデータ(2004年11月24日~2005年5月23日現在)
 
5月23日現在の総ビジター数…56,522人
 人気が高かった記事
   1位:下落合、タヌキの通い路1,302人
   2位:下落合が気になったわけ…864人
 人気が低かった記事
   1位:盆栽老人とその周辺18人(上げたばかりだからか)
   2位:「戦災後の文化村」宮本恒平の視線31人
 コメントが多かった記事
   1位:とうとうわが家にもタヌキが出た31コメント
   2位:なぜか懐かしかった「一衣舎春展」
21コメント

■写真:やっぱり半年間の<顔>は、この子たちでしょうね。


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