So-net無料ブログ作成
検索選択

郊外野菜を運ぶ大八車の中身。 [気になるエトセトラ]

大八車.JPG
 これまでの記事の中で、落合地域に通う街道を往来する人々の姿として、東京郊外の野菜を大八車や牛馬車に満載して、市街地にある青果市場(やっちゃ場)へと運ぶ情景を何度かご紹介してきた。落合地域には、おもに東京市街へと抜ける4本の街道が貫通している。これらの幹線道路は、おもに江戸期(道によっては鎌倉街道の時代)から、重要な交通や物流ルートとして機能してきた。
 まず、練馬や板橋の方面から通う練馬街道あるいは清戸道Click!(現・目白通りなど)、鷺宮や石神井方面から通う街道(現・新青梅街道)、新井方面から通う鎌倉期に由来する中ノ道Click!(雑司ヶ谷道=新井薬師道)、そして中野方面からつづいている街道(現・早稲田通り)などだ。これらの道路を野菜を積んだ大八車や牛車、馬車などが明治以降も頻繁に往来していた。また、街道から街道への抜け道として落合の道筋が利用されており、以前に上落合の鶏鳴坂Click!などのエピソードをご紹介している。
 もちろん、落合地域で獲れた野菜や果物も、これらの物流ルートを利用して市街地にあるマーケットへと運ばれている。落合地域で生産されたのは、一時は米国にまで輸出した沢庵漬けに適する落合大根Click!や、その甘さが評判になって大正期にはブランド化していた落合柿Click!などだ。妙正寺川の旧・バッケの水車小屋Click!を借りて住み、父親の野菜仲買商を手伝っていた1930年協会Click!小島善太郎Click!は、大八車に野菜を積んでは下落合から江戸川橋や神田の青果市場へと運んでいた。小島の半生記『若き日の自画像』Click!(雪華社/1968年)には、より遠くの神田青果市場へ運んだほうが、高い値をつけて買ってくれたというエピソードが紹介されている。
 さて、落合地域を通過する車には、具体的にどのような野菜が積まれていたのだろうか。ほとんどの資料では「郊外野菜」としか記されておらず、東京郊外で栽培されていたダイコン以外の具体的な野菜の種類が不明だ。そこで、荻窪に住んでいた井伏鱒二の作品に、郊外野菜を出荷する情景が描かれていないかと思い探したところ、『荻窪風土記』(1982年)があった。荻窪(杉並区)でも、やはり主要産品はダイコンだが、そのほかに運ばれた細かな野菜の種類や、運搬の方法までが記録されている。
 井伏鱒二は関東大震災Click!ののち、早稲田大学Click!にもほど近い牛込鶴巻町の南越館という下宿屋Click!にいたが、1927年(昭和2)の初夏に豊多摩郡井荻村下井草1810番地(現・杉並区清水1丁目)に家を新築して転居している。中央線・荻窪駅の北側で、周囲にはいまだ田畑が遠くまで拡がっているような風景だった。場所がら、周辺の農民とも親しくなっている。以下、1986年(昭和61)に新潮社から出版された、『井伏鱒二自選全集』第12巻収録の『荻窪風土記』から引用してみよう。
井伏鱒二邸1929.jpg
井伏鱒二邸1936.jpg
井伏鱒二邸1941.jpg
  
 これは弥次郎さんばかりでなく、この辺の農家で朝市場へ行く者は、みんなこの通り夜業で仕度をして出荷した。大根のほかに、白菜、牛蒡、人参、からし菜、山椒の芽など、季節に応じて出した。淀橋の東洋市場へ行くのもあり、早稲田や諏訪の森のヤッチャ場へ行くのもあり、京橋のヤッチャ場へ行くのもある。出発は殆どみんな真夜中だから、家族の者が道明りの提灯を持つてついて行く。中野坂上と鳴子坂の袂のところの立ちん坊は、元は一回五厘から一銭で車の後押しをしてゐたが、第一次欧州戦争後は一回二銭から三銭ぐらゐ押し賃を取るやうになつた。/淀橋から先の新宿大宗寺あたりまで行けば、後は下り坂になるし白々と夜が明ける。家族の者は、新宿か四谷の駅から提灯を持つて帰つて来る。電車で帰れば新宿から荻窪まで片道十銭だが、歩いて帰れば女の足で二時間かかる。(中略) 帰りの車は朝荷のやうに重くはないが、金肥を積んだり人糞を汲んだ肥桶を載せたりすると、坂を越えるときまた立ちん坊に後押しさせなくてはならぬ。
  
 おそらく、荻窪から市街地の市場へ野菜を運ぶ際も、できるだけ遠くの市場へ運んだほうが高値で買いとってくれた事情は同じだろう。だから、出荷する日はほとんど真夜中に起きだしては、できるだけ東京の中心エリアにある市場をめざし、家族総出で運んでいった。挙げられている野菜類は、大正期から昭和初期にかけての品種であり、幕末から明治期には栽培が大流行した茶葉、あるいは昭和10年以降にやはり流行した露地栽培のトマトが出荷されたのではないだろうか。
 当初は、江戸期と変わらない大八車を、人々が曳き押ししていく運搬方法のままだったが、大正の半ばには大八車の箍(たが)が鉄製の二輪だったのが、四輪のゴム製車輪に変わり、したがって速度がでる四輪車を牛や馬に曳かせる運搬法が主流になっていった。目白通りや早稲田通りで、よく見かけられた牛車や馬車が曳いていたのは、この進化型の大正四輪大八車だろう。また、これらの車には生野菜ばかりでなく、米俵や加工された沢庵漬け、肥料となる下肥桶Click!なども積まれて運ばれた。1925年(大正14)現在、井荻村全体で街道をいく運搬用の馬車が46台あったと記録されている。
畑ダイコン.JPG
畑ナガネギ.JPG
井伏鱒二.jpg 井伏鱒二「荻窪風土記」1982.jpg
 さて、この郊外野菜の運搬に関して、『荻窪風土記』には面白いエピソードが紹介されている。荻窪地域では、1923年(大正12)の関東大震災が起きるまで、品川の岸壁を出港する船の汽笛が聞こえていたという。ところが、震災を境に急にパッタリと聞こえなくなり、野菜を運搬中に青梅街道の成子坂(鳴子坂)Click!へと差しかかると、東京湾の汽笛の音がよく聞こえてきた……という逸話だ。つづけて、同書より引用してみよう。
  
 「いや、品川の汽笛の音は、大震災後、晴雨にかかはらず聞えなくなつた。確かにさうだ。府中の大明神様の大太鼓の音も、もとは祭の日に荻窪まで聞えたもんだ。大震災後、やがてこれも聞えなくなつた。この辺の澄んでた空気が、急にさうでなくなつたといふことぢやないのかね」/何かプラス・マイナスの関係で、汽笛の音を消すやうになつたのだ。/大正十二年が関東大震災で、弥次郎さんは大正十三年に徴兵検査を受けた。そのころはもう汽笛の音が聞えなくなつてゐたが、府中大明神の大太鼓の音はまだ微かに聞え、お祭の当日は六の宮の御輿が出て、一番から六番までの大太鼓の音が聞えたさうだ。/「ところが大震災後も、品川の汽笛は、鳴子坂あたりでならまだ聞えてゐた」と弥次郎さんが言つた。/荻窪から京橋のヤッチャ場へ車を曳いて行く途中、たまたま鳴子坂の上に出ると早朝の汽笛の音を聞くことが出来たといふ。その後、また暫くすると、鳴子坂の上からも汽笛は聞えなくなつたさうだ。
  
 いまは、再び成子坂界隈の住宅街でも、東京湾からの汽笛は響いているだろうか。もちろん、街じゅうが活動しているふだんの夜は無理かもしれないが、大晦日の夜などにはよく聞こえるのではないだろうか。
 わが家でも、大晦日から年越しの午前0時にかけては、東京湾に停泊している艦船がいっせいに鳴らす「年越しボーッ」が、強い北風さえ吹いてなければよく響いて聞こえている。また、東京湾や大川(隅田川)で開催される花火大会Click!の音も、親父が嫌いだった空襲時の対空砲火Click!の音のように聞こえてくる。井伏鱒二は、「澄んでいた空気」がなくなったから汽笛が聞こえなくなったのではないかと想像しているが、その伝でいけば空気が澄んできたので新宿の北部でも、聞こえやすくなってきているのだろうか。
畑サトイモ.JPG
畑の柵.JPG
畑農家.JPG
 早朝に市場へ野菜類を運ぶために、街道沿いには休息する一膳飯屋や茶屋、酒屋などが店開きしていた。井伏鱒二の聞きとり調査によれば、大正前期の青梅街道沿いにあった一膳飯屋では、丼飯1杯が2銭、煮しめ1皿も2銭だったらしい。これに景気づけの焼酎を注文すれば、おそらく10銭もあればいい気持ちで満腹したのではないだろうか。

◆写真上:江戸期から大正期まで活躍した、街の物流には不可欠だった大八車。
◆写真中上は、1929年(昭和4)の1/10,000地形図にみる井荻村下井草1810番地界隈。は、1936年に撮影された空中写真にみる同番地の井伏鱒二邸。は、1941年(昭和16)に斜めフカンから撮影された空中写真にみる同邸。
◆写真中下:ダイコン畑()と長ネギ畑()。は、20代の井伏鱒二()と1982年(昭和57)に新潮社から出版された『荻窪風土記』(新潮文庫版/)。
◆写真下は、大葉のサトイモ畑。は、ナツアカネとキゴシハナアブで畑にはいろいろな虫がくる。は、東京の農家でよく見かけるニホンオオカミClick!の御嶽社護符。

おまけ:1933年(昭和8)に撮影された、東京駅と丸ビル前を通過する農民の野菜牛車。当時はめずらしくない光景で、ゴム製四輪の進化型大八車で神田市場に野菜を卸した帰り道だろう。街の“欧米化”にアタマが染まっていた薩長政府が見たら、「カンベンしてくれ!」となるアジアの国らしい眺めだ。おそらく目黒方面の農民だと思われるが、ついでに帝国ホテルと鹿鳴館跡の前を通ってくれるとアジアの日本を印象づけて面白い。
東京駅と牛車.jpg

読んだ!(19)  コメント(19)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

読んだ! 19

コメント 19

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>はじドラさん
by ChinchikoPapa (2017-07-03 16:19) 

ChinchikoPapa

エモーショナルでスピリチュアルな、1985年のA.シェップ作品ですね。もう、コテコテのブルース色です。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2017-07-03 16:23) 

ChinchikoPapa

『Without You』のニルソン盤は当時、どこのラジオ局をまわしても、どこの喫茶店へ入ってもかかってました。懐かしいですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>@ミックさん
by ChinchikoPapa (2017-07-03 16:28) 

ChinchikoPapa

モノクロにすると太陽や水の光の質感が、またちがった感じで味わえて面白いですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyoさん
by ChinchikoPapa (2017-07-03 16:32) 

ChinchikoPapa

『二番煎じ』は、冬になるとこちらのTVや寄席で演じられる機会の多い噺ですが、滅亡した大日本帝国の「二番煎じ」は、ぜひやめてほしい昨今の政治状況ではあります。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kazgさん
by ChinchikoPapa (2017-07-03 16:39) 

ChinchikoPapa

いつも、「読んだ!」ボタンをありがとうございます。>やってみよう♪さん
by ChinchikoPapa (2017-07-03 16:45) 

ChinchikoPapa

「1デイパス」を「1デバイス」と読みちがえてしまいました。w いちいち現金の心配がなく、電子マネーやクレジットアプリの1つの端末(デバイス)で周遊できるようになったら便利ですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>みっち〜さん
by ChinchikoPapa (2017-07-03 16:48) 

ChinchikoPapa

ヤマモモやコケモモのパイに憧れますが、こればかりはこちらの青果店でも手に入りません。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>okin-02さん
by ChinchikoPapa (2017-07-03 16:50) 

ChinchikoPapa

いつも、「読んだ!」ボタンをありがとうございます。>AKIさん
by ChinchikoPapa (2017-07-03 16:50) 

ChinchikoPapa

わたしも、「う」と「にぎり」には目がないです。w フードロスの課題ですが、食べ物の廃棄がもったいないだけでなく、それにかかる物流や処分などのエネルギー経費がとんでもないコストなんですよね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyokiyoさん
by ChinchikoPapa (2017-07-03 16:53) 

ChinchikoPapa

子どもが小さいころ、荒川遊園地にはよく出かけました。ヤギやヒツジが、草食動物はけっこう意地悪ですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>NO14Ruggermanさん
by ChinchikoPapa (2017-07-03 20:06) 

ChinchikoPapa

きょうの「稲毛」よりも、辛口好きとしては「日本海」のほうに惹かれました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>skekhtehuacsoさん
by ChinchikoPapa (2017-07-03 22:58) 

ChinchikoPapa

フランスに留学中のとある画家に、タペストリーを送れと督促していたのが下落合の中村彝ですが、その物語を近々書きたいと思っています。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ryo1216さん
by ChinchikoPapa (2017-07-04 09:56) 

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>鉄腕原子さん
by ChinchikoPapa (2017-07-04 09:56) 

ChinchikoPapa

そろそろハスが観ごろなので出かけたいのですが、昼までに現地に着かないと閉じてしまうのが悩ましいですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>tarouさん
by ChinchikoPapa (2017-07-04 09:58) 

ChinchikoPapa

都議選のこちらの区では、自民が1人も入らないと思っていたのですが、かろうじて最下位で当選していましたね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>siroyagi2さん
by ChinchikoPapa (2017-07-05 22:34) 

ChinchikoPapa

ご訪問と「読んだ!」ボタンを、ありがとうございました。>simousayama-unamiさん
by ChinchikoPapa (2017-07-05 22:54) 

ChinchikoPapa

以前の記事にまで、わざわざ「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>アヨアン・イゴカーさん
by ChinchikoPapa (2017-07-09 23:59) 

ChinchikoPapa

同窓会は小学校と高校、大学とあったのですが、高校と大学の数回しか出席してないですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>うたぞーさん
by ChinchikoPapa (2017-07-16 12:29) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました