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山口邸(李香蘭邸)から100mに浅利慶太邸。 [気になる下落合]

浅利慶太邸跡.JPG
 いつも、拙記事をお読みいただきありがとうございます。気づかないうちに、のべ1,100万人の訪問者数を超えていました。ほどなく、東京都の人口を超えそうなのにビックリしています。
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 先日、NHKから突然電話をいただいた。最初は、なぜわたしの電話番号を知っているのか不可解だったが、何年か前に妙正寺川の記事のことでお問い合わせをいただいたのを思いだした。また、そのときのO記者とは偶然、近衛町Click!「花想容」Click!でお会いして、ご挨拶をしたこともあった。その際、落合地域の問い合わせ先のひとりとして、NHKの報道取材DBにでも登録されたものだろうか。
 今回のお問い合わせは、NHKの「ニュースウォッチ9」Click!(月~金曜/午後9時~)の報道局K記者からで、演出家で劇団四季の創立メンバーである浅利慶太の実家は下落合のどこ?……というものだった。「う~~ん、突然そんなこといわれても」と、一瞬ボンヤリしてしまった。中村彝アトリエClick!の近くに、同じく演出家で俳優の蜷川幸雄が住んでいたのは、以前に近所の方からうかがって知っていたが、さて、舞台監督の浅利慶太邸はどこにあったのだろうと首を傾げたとき、わたしの記事を見て電話しているのだとK記者はいう。(爆!)
 そのとき、わたしのもの憶えの悪いアタマでも、ようやく思いだすことができた。以前、下落合に多い医院や薬局をテーマに記事Click!を書いたとき、コメント欄へトロさんこと池田瀞七さんから貴重なコメントをいただいていた。それは、開通したばかりの改正道路(山手通り)Click!から、戦前は「翠ヶ丘」、さらに改正道路工事が近づき地面がむき出しの原っぱだらけになるころからは、「赤土山」と呼ばれていたらしい丘陵へ通う急階段を上ると、浅利慶太邸や津軽邸Click!があったという記述だ。ちょうど、六天坂Click!から見晴坂にかけての、眺めのいい丘上に展開する住宅街だ。わたしの大好きな、スパニッシュ風の中谷邸Click!のある近所でもある。
 さっそく、1938年(昭和13)に作成された「火保図」と、1947年(昭和22)に米軍が撮影した空中写真、それに当時から変わらない印象深いと思われる中谷邸の写真を送ると、K記者は浅利監督といっしょに下落合3丁目(現・中落合1丁目)を訪れ、実家跡や付近を散策されている。そのときの様子は、9月7日(月)放送「ニュースウォッチ9」で観たのだが、浅利邸の所在地は旧・下落合3丁目1738番地に建っていた。ちょうど、六天坂を上りきった中谷邸の奥、戦前は津軽邸(旧・ギル邸Click!)の広大な敷地に隣接したすぐ北側の一画だ。
浅利慶太邸1938.jpg
浅利慶太邸1941.jpg
 戦時中は、自邸のすぐ前、下落合3丁目1741番地の空き地に防空壕が掘られ、1945年(昭和20)4月13日Click!5月25日Click!の二度にわたる夜間の山手空襲Click!は、落合第一国民学校(小学校)Click!へと通う当時12歳の浅利少年にとっては、戦争の原体験となったのだろう。番組では、馴染みのある六天坂上の風景が映り、わたしは「下落合の自邸跡を特定できてよかった」と安堵したとたん、もうひとつ非常に重要なテーマをすっかり失念していたのに気がついた。
 創立した劇団四季を、昨年(2014年)に去った今年82歳になる浅利監督は、今年に入って「ミュージカル李香蘭2015」Click!の演出を手がけている。何度も舞台で上演された作品だが、特に今年は戦争を知らない現代を生きる若い世代に、戦争の悲惨さを少しでも実感してもらうため、特に思いをこめて演出しているという。戦後70年、「あの戦争を忘れた世代は危険だ」という浅利監督は、戦争を経験した世代としてその惨憺たる様子を伝える反戦の舞台へ、可能な限り挑みつづけるという。
 さて、舞台のヒロインである当の「李香蘭」(山口淑子)Click!は、浅利邸から南南西へわずか100mほどのところ、目白文化村Click!の第二文化村からつづく振り子坂Click!を下り、丘下の中ノ道(現・中井通り)へと出る途中、下落合3丁目1725番地(現・中落合3丁目)の家に住んでいた。浅利邸からは、当時は工事中の改正道路(山手通り)の広い空き地を利用して向かえば、歩いて1分以内にたどり着けたかもしれない。
 おそらくマスコミに公開している「公邸」ではなく、彼女の実質的な自宅ないしは家族の実家、あるいはプライベートな別邸だったのだろう、付近に住む人々が戦前、散歩する山口淑子(李香蘭)を頻繁に見かけていた。1938年(昭和13)の「火保図」を参照すると、確かに目撃されたその場所には山口邸が採取されている。
浅利慶太邸1945.jpg
李香蘭(山口淑子).jpg 李香蘭2015ポスター.jpg
 ひょっとすると落合第一国民学校(小学校)へ通っていた浅利少年も、付近の丘を散策する美しい「李香蘭」こと山口淑子を目撃しているのかもしれない。1945年(昭和20)4月2日、第1次山手空襲(4月13日夜半)の11日前に、偵察機のB29が撮影した空中写真を確認すると、屋敷林に囲まれた西洋館らしい山口邸の屋根を確認することができる。だが、戦後の1947年(昭和22)に撮影された爆撃効果測定用の空中写真では、北に隣接する敷地とともに住宅の屋根を確認できないので、おそらく二度にわたる大規模な山手空襲のどちらかで焼失しているのだろう。
 また、浅利慶太邸は1941年(昭和16)に陸軍航空隊が撮影した空中写真には見えないので、おそらく同年から物資が極端に欠乏する以前の1943年(昭和18)の2年間のどこかで、建設されていると思われる。
 今年の9月7日は、昨年に死去した山口淑子の一周忌に当たっていた。「ミュージカル李香蘭2015」は、8月31日から9月12日にかけ、彼女の命日をはさみながら港区海岸1丁目の自由劇場で上演され、チケットは事前に完売するほどの大人気だったらしい。これからも、戦争の悲惨さや怖しさ、虚しさを伝える舞台を、ぜひ浅利監督には演出・上演しつづけてほしいと思う。
浅利慶太邸1947.jpg 山口邸1947.jpg
山口淑子邸跡.JPG
 余談だけれど、新宿中村屋Click!と中村彝をはじめとする中村屋サロンに集った人々の物語を描く、劇団民藝の舞台「大正の肖像画」Click!が10月20日~11月1日にわたって紀伊国屋サザンシアターで上演される。彝をはじめ、中原悌二郎Click!エロシェンコClick!相馬俊子Click!岡崎キイClick!神近市子Click!ら、下落合ではお馴染みの人々も多く登場するのだが、近くにお住まいで知人の民藝女優・白石珠江さんは誰の役かと思ったら、ヒロインの相馬黒光Click!だそうだ。w 白石さんには、ぜひ三田佳子とは異なる「オンちゃん」こと佐伯米子Click!を、いつか演じていただきたいのだけれど……。

◆写真上:下落合3丁目1738番地にあった、浅利慶太邸跡(左手)の現状。
◆写真中上は、1938年(昭和13)の「火保図」(左が北)にみる浅利邸と山口邸の位置関係。まだ浅利邸は建設前だが、山口淑子邸はすでに採取されている。は、1941年(昭和16)に陸軍が撮影した斜めフカンからの下落合3丁目界隈。改正道路(山手通り)工事が間近なため赤土がむき出しの空き地や丘の斜面が目立つ。
◆写真中下は、第1次山手空襲の11日前に撮影された浅利邸と山口邸。下左は、「李香蘭」を演じる山口淑子。下右は、「ミュージカル李香蘭2015」のポスター。
◆写真下は、1947年(昭和22)の空中写真にみる浅利邸()と、空襲で焼失したとみられる山口邸跡()。は、振り子坂に面した山口邸跡(左手)の現状。


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読んだ! 27

コメント 48

Marigreen

NHKから重要な問い合わせがくるなんていいなあ。こっちはチューナーをつけないとBS放送が見れないテレビなのに、子供が無理に衛星契約結ばされて文書で文句を言うとNHKから釈明の電話がきた。
Papaさんは有名人だね。
by Marigreen (2015-09-21 07:58) 

ChinchikoPapa

彼岸花は縁起が悪いとよく言われますが、今年は繁栄を誇った戦後の平和な日本の「葬送花」に感じるのは、わたしだけでしょうか。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>SILENTさん
by ChinchikoPapa (2015-09-21 16:31) 

ChinchikoPapa

Marigreenさん、コメントをありがとうございます。
番組の“本論”に関係のない、それほど重要な問い合わせではないと思うのですが。w ここの記事は「無銘人語録」であって、わたしは有名人ではありません。
by ChinchikoPapa (2015-09-21 16:35) 

ChinchikoPapa

子どものころ、新書版でビニールのカバーが付いた、ページの裁断面が黄色いハヤカワ・ポケット・ミステリ・シリーズにあこがれたものでした。ただ、文庫本より高いので、なかなか買えなかったですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>lequicheさん
by ChinchikoPapa (2015-09-21 16:47) 

ChinchikoPapa

今日の考古学的な課題でいいますと、「円墳」というのはちょっとクセもので、庭園や景観を整えるために後世に前方部を壊してしまった前方後円墳(ないしは省略型の帆立貝式古墳)の可能性が、かなり高くなっています。都内にあった「円墳」が、現代的な精密調査により軒並み前方後円墳(または帆立貝式古墳)に訂正されはじめています。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>dendenmushiさん
by ChinchikoPapa (2015-09-21 17:30) 

ChinchikoPapa

一時期、ヨーロッパ録音(デンマークのSteepleChaseなど)のJAZZレーベルに偏見をもっていたころがありましたが、いま聴きなおすと悪くないですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2015-09-21 17:36) 

ChinchikoPapa

関東各地は、南関東の東京や神奈川も含め、たいがい「かかあ天下」ですね。w 「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>やってみよう♪さん
by ChinchikoPapa (2015-09-21 17:38) 

ChinchikoPapa

寿司屋の「う」料理に、ちょっと惹かれますね。蒲焼以外の食べ方を、いろいろ工夫しているのでしょうか。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2015-09-21 17:44) 

ChinchikoPapa

1980年代の8ビット機や16ビット機で動いていたゲームを想起しますと、当時は「原始時代」だったことがよくわかります。w 「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>うたぞーさん
by ChinchikoPapa (2015-09-21 17:47) 

ChinchikoPapa

わたしも一度、そこいらを散歩しながらモデル撮影というのをやってみたいですね。いえ、ネコではなく女性の。w 「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyoさん
by ChinchikoPapa (2015-09-21 17:48) 

ChinchikoPapa

絶好の散歩日和なのに、仕事で休めない最悪の連休となっています。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>okin-02さん
by ChinchikoPapa (2015-09-21 17:49) 

pinkich

いつも楽しみに拝見しています。訪問者数1100万人越えおめでとうございます。落合地域は文化人が大勢住んでいたので、落合地域に着目したpapaさんの考察は、深みがあり勉強になりますね。浅利慶太氏が戦争の悲惨さを知らない世代への危惧は、安保法成立で現実化しましたね。政策の善し悪し以前に明確に憲法に違反しているのがこれまでの政策論とちがうのですが。
by pinkich (2015-09-21 18:46) 

ChinchikoPapa

pinkichさん、こちらへもコメントをありがとうございます。
落合地域が面白いのは、この近隣に登場する人々の軌跡や逸話・事蹟などを取り上げていると、限定的な地域史ではなく、すぐにも日本史そのもの、あるいは日本文化史そのものになってしまう……という点でしょうか。
そんな面白さに惹かれて、かんじんの郷土(城下町)そっちのけで10年以上もつづけてきたわけですが、いろいろな人々とのネットワークができて、さらに面白い物語が見つかるのではないかと、わくわく期待しています。w
by ChinchikoPapa (2015-09-21 21:15) 

ChinchikoPapa

日本酒はほとんど飲まないわたしですが、会津の酒はなぜか昔から惹かれますね。どこか時代におもねらない、昔ながらの酒造りを頑固に守りつづけているイメージがあります。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>skekhtehuacsoさん
by ChinchikoPapa (2015-09-21 21:53) 

ChinchikoPapa

久しぶりにラグビーの国際試合(録画ですが)を見て、興奮しましたね。
「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>NO14Ruggermanさん
by ChinchikoPapa (2015-09-21 22:33) 

ChinchikoPapa

北海道の身がしまった魚が、だんぜん魅力的ですね。
「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>simousayama-unamiさん
by ChinchikoPapa (2015-09-21 22:39) 

ChinchikoPapa

ご訪問と「読んだ!」ボタンを、ありがとうございました。>ゆきママさん
by ChinchikoPapa (2015-09-21 22:40) 

NO14Ruggerman

1100万人越え訪問者数おめでとうございます。
山口淑子さんが落合地域に住まわれていたとは…
九条武子、柳原白蓮といい落合界隈は美人さんの宝庫だったのですね。
by NO14Ruggerman (2015-09-21 22:56) 

ChinchikoPapa

NO14Ruggermanさん、コメントをありがとうございます。
また、わざわざ恐縮です。
タイムマシンがあれば、各時代へちょっと出かけていって彼女たちに逢ってみたいですね。山口淑子は親父と同世代の女性ですので、なんとか話は合いそうですが、他のふたりはまったく生活環境がわかりません。矢田津世子にも逢ってみたいのですが、まっ先に「あなた、矢田坂なんて、やだ!」といわれそうです。ww
by ChinchikoPapa (2015-09-21 23:51) 

ChinchikoPapa

いつも、「読んだ!」ボタンをありがとうございます。>tacit_tacetさん
by ChinchikoPapa (2015-09-21 23:52) 

ChinchikoPapa

ふだんPC端末を持ち歩いてるせいか、取材や散策のカメラはどうしてもコンパクト志向になりますね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>大和さん
by ChinchikoPapa (2015-09-22 00:33) 

ChinchikoPapa

『青春の構図』という作品は、まったく存在さえ知りませんでした。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>いっぷくさん
by ChinchikoPapa (2015-09-22 09:50) 

ChinchikoPapa

ご訪問と「読んだ!」ボタンを、ありがとうございました。>yohtamboさん
by ChinchikoPapa (2015-09-22 09:51) 

ChinchikoPapa

せっかくの連休なのですが、今年は仕事に追いかけられてしまいました。例年ですと、取材や調べものにはいい時期なのですが……。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>sigさん
by ChinchikoPapa (2015-09-22 16:50) 

ChinchikoPapa

今年は、チョウがいつまでも飛んでますね。今朝もベランダの網戸で、アゲハが羽を休めていました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>yamさん
by ChinchikoPapa (2015-09-22 19:06) 

YOKO

 貴重な写真、街並み、エピソードですね。劇団指揮の李香蘭はDVDになっているらしいので、お高いけど購入してみることにします。

by YOKO (2015-09-22 22:51) 

ChinchikoPapa

YOKOさん、コメントをありがとうございます。
今年の「ミュージカル李香蘭2015」は、NHKが稽古場風景まで取材していますので、そのうち舞台そのものを放送するかもしれませんね。
by ChinchikoPapa (2015-09-22 23:23) 

YOKO

出張仕事が多く、テレビはすぐに見逃すのでチェックしておきます。李香蘭のこと少し長めに自分のブログに書いてみました。ここはURLをはれないようなので、よろしかったら「2.26事件を語ろう」で探索してご笑覧ください。
by YOKO (2015-09-23 10:26) 

ChinchikoPapa

YOKOさん、コメントをありがとうございます。
URLは、名前とコメント本文の間にある入力窓にペーストされると、名前にジャンプ先のURLが設定されます。
さっそく、李香蘭記事を拝見しました。スケートが得意だったんですね。戦後、中国から帰国後も、一時的に下落合に住んでいたものでしょうか。この記事の目撃情報は、改正道路(山手通り)の工事が始まる前、振り子坂を往来する戦前の山口淑子の姿です。
「火保図」(1938年)には、すでに山口邸が採取されていますので、おそらくそれ以前から山口家は建っていたのでしょうね。
by ChinchikoPapa (2015-09-23 10:41) 

ChinchikoPapa

介護認定は、ほんとうに難しいですね。そのときだけ、本人が元気になったりします。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>bee-15さん
by ChinchikoPapa (2015-09-23 10:43) 

ChinchikoPapa

ご訪問と「読んだ!」ボタンを、ありがとうございました。>U3さん
by ChinchikoPapa (2015-09-23 10:46) 

ChinchikoPapa

腰に提燈をぶら下げて、顔に隈取をしながら両手に刀を持って走る西欧女性は、ちょっと理解の枠を超えてますね。w 「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>シルフさん
by ChinchikoPapa (2015-09-23 19:46) 

YOKO

URL欄を書いてしまうと、「コメント投降に失敗しました」と出るのですが、私だけでしょうか?

 李香蘭の自伝に、下落合にも借り住まいしたとあります。彼女は1920年生まれなので、終戦のときもまだ20代。その若さで女優業の傍ら、ばりばり不動産を買ったとは思えません。阿佐ヶ谷の家は彼女の名義ですが、その前の資産は父親まかせだったのではないでしょうか?というのも父親とは金の問題で相当にこじれたと書かれているからです。
by YOKO (2015-09-23 22:08) 

落合道人

入力フォームのテストです。
by 落合道人 (2015-09-23 22:17) 

ChinchikoPapa

YOKOさん、コメントをありがとうございます。
ということは、下落合の山口邸は実家、ないしはそれに準じる住まいだった可能性がありそうですね。振り子坂が、改正道路工事で広く分断されるのは1942~43年ごろですので、山口邸から振り子坂の目撃例を考えますと、少なくとも1942年以前ということになりそうです。ちょうど、国策映画に出演しはじめているのが、「火保図」に山口邸が収録されたのと同時期、1938年からですので、1940年前後にはかなり顔が広く知られていたのではないかと想定できます。
それから、ログアウトをして入力フォームのテストをしたのですが(上記参照)、特におかしなエラーは起きません。また、他のコメントをされている方も起きていなさそうですので、YOKOさんのPC環境におけるローカルエラーではないでしょうか。
by ChinchikoPapa (2015-09-23 22:32) 

ChinchikoPapa

ラクダは発情期を迎えると、とんでもなく獰猛だというのを読んだことがあります。カザフスタンの小説だったでしょうか。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>月夜のうずのしゅげさん
by ChinchikoPapa (2015-09-23 22:37) 

YOKO

すみません。1階と2階のパソコンで試したのですが、ホントにローカルなんです。今週末からアメリカ(いちばんローカルですがw)なので、ちょっと試してみますね。私も父親が日本での実家として、人からすすめられるがままに買ったりして、なんらかの理由でキープできなかった可能性が高いと思うのです。10代後半から李香蘭本人は映画やら何やらでひっぱりだこだったので、山王ホテルや豪華なアパートで長期滞在のほうが便利だったでしょうし。阿佐ヶ谷時代に父とは絶縁したというから、よほどのことがあったんだと思いますよ。ノグチイサムとの新婚生活は鎌倉が主だったそうですし。
by YOKO (2015-09-24 13:16) 

ChinchikoPapa

YOKOさん、コメントをありがとうございます。
ついこの春のことですが、目白駅の橋上駅化が1922年(大正11)であったことが判明し、百科事典レベルにまで書かれている1919年(大正8)に橋上駅化という記載が虚偽であることが判明しました。下落合で暮らした当時の人々の目撃情報では、こちらで何とも繰り返し書きつづけてきたことですが、1921年(大正10)前後にも橋上駅化がされていないという事実が記録されていたにもかかわらず……です。一般化した「公式記録」よりも、地元の目撃情報のほうが正確だった、典型的なケーススタディですね。
ましてや、「自伝」ともなれば都合の悪いことや忘れたいこと、あるいは触れたくないことは省略してカットされるか、そもそも取り上げられない公算が高いと思いますので、地元の目撃情報を最優先させるわたしの姿勢としては、残念ながら山口淑子の「自伝」に記述があるなしに関わらず(あるいは百科事典に掲載されている情報であってもw)、なんらかの事跡が下落合1725番地の山口邸にはあるのだろう……と解釈します。
それが、このサイトを貫いている基本的なコンセプトであり、またそれによって新たに判明した、「公式記録」とは異なる事実がこれまで多数存在していますので、フィールドワークなしに「あそこに書いてある」というようなご指摘を受けましても、まったく納得できない所以なのです。ご了承ください。
by ChinchikoPapa (2015-09-24 17:42) 

ChinchikoPapa

こちらにも、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ネオ・アッキーさん
by ChinchikoPapa (2015-09-24 17:52) 

YOKO

誤解をあたえてしまって、すみません。私も自伝はあまり信用しないほうで、軍人や政治家は嘘や記憶違いが多いので、それはそれで面白いのかな、と思うほうなのです。ですから、李香蘭をたびたび見かけたという地元での目撃談のほうが真実味があるし、たぶん真実だと感じました。さらっと下落合に住んだことが本にも書いてあったので、むしろ辻褄があうように思うのです。李香蘭の父親は他人の口車にのり、一攫千金ばかり夢みて、事業に手をだしては失敗を繰り返し、長女の名義で借金を作ったので、縁を切ったそうです。戦後の食糧難の時代、いろいろな家族の悩みがあったのだと思います。母の育った阿佐ヶ谷は私が行った頃は緑が多く、空襲を逃れたので木造の古い家が並んでいました。どうして李香蘭が下落合をはなれて阿佐ヶ谷に引っ越したのか、下落合での日々、彼女の闘いはまだつづいていたような気がして、この地図の写真と「山口」という文字はじーんと伝わってくるものがあります。
by YOKO (2015-09-25 02:27) 

ChinchikoPapa

YOKOさん、ごていねいにコメントをありがとうございます。
山口淑子の親父さんは、現代の芸能界でもときどき見かけるような、娘の収入をあてにして気が大きくなり、あれこれ失敗を繰り返す情けない親だったのですね。初めて知りました。
いま、ちょうど警視庁捜査一課が作成した「下山事件」の捜査白書(マスコミへ意図的にリークされたものです)を読んでいるのですが、“自殺”を主張する一課の「白書」の中身を、現場の目撃証言を地道にとって歩いた(フィールドワークと同じですね)、捜査二課の刑事がことごとく「白書」は虚偽・創作であり、「下山事件」は“殺人”であると否定しているのが興味深いですね。現場証言と、「白書」記述の大幅な乖離から捏造であるとまで表現していますが、「現場」の検証がいかに重大かがわかります。
……というような資料読みをしていた関係から、やや過剰に反応してしまいました。ご容赦ください。
by ChinchikoPapa (2015-09-25 17:50) 

YOKO

 自伝コレクターなので、いろいろ整理はしているところですが、どうしても自分に都合がいいことしか書けません。見聞きしたことのほうが信用できるし、大事な情報だと思います。50年後に誰かが李香欄を研究することになったら、下落合での暮らしのほうが阿佐ヶ谷より、いろいろあったような気がします。ともかく、お父さんは中国人の女たちを愛し、大陸浪人のような生き方にあこがれた方だと、娘が自伝で書いているほどですから。
by YOKO (2015-09-26 13:51) 

ChinchikoPapa

YOKOさん、重ねてコメントをありがとうございます。
いつかもどこかへ書きましたけれど、自伝で面白いと思ったのは『マルコムX自伝』と『マイルス・デイビス自伝』ぐらいで、あまた読んだ自伝のほとんどは面白いと思ったことがないです。必要にせまられて読む……という、参考資料として読んだ自伝のほうが、むしろ多いでしょうか。
また、ひとつの特徴として、自身の「思い」や「感想」を書き綴る、すべて“わたし"が主体の自伝は「印象に残らない」という側面もありますね。人は、自分で自身を位置づけるのではなく、他者によって位置づけられるものだというのは、使い古されたフレーズですけれど、「自伝」の"弱さ"はそのあたりにあるように思うのです。
by ChinchikoPapa (2015-09-26 19:01) 

ChinchikoPapa

ご訪問と「読んだ!」ボタンを、ありがとうございました。>フォレストさん
by ChinchikoPapa (2015-09-26 19:01) 

アヨアン・イゴカー

>戦争の悲惨さや怖しさ、虚しさを伝える舞台を、ぜひ浅利監督には演出・上演しつづけてほしいと思う。
劇団四季の日下武、あの渋さが好きでした。浅利監督には、本当に戦争を知る人として、今のように世界中で危険な空気が漂っている時期には、頑張って欲しいです。
by アヨアン・イゴカー (2015-09-27 23:57) 

ChinchikoPapa

アヨアン・イゴカーさん、コメントと「読んだ!」ボタンをありがとうございます。
日下武史は、大好きな俳優のひとりです。滝沢修も好きでしたが、亡くなってしまいましたね。演出家や俳優で、戦争を知る世代がどんどん少なくなっていますが、積極的に発言し表現してほしいです。
by ChinchikoPapa (2015-09-28 01:07) 

fumiko

1,100万PV、おめでとうございます!!
このところ、2か月に1度のペースで海外取材が続き、更新が停滞気味(反省)。ChinchikoPapaさんのこまめな更新はブログの基本ですね。
ソネブロの先輩のあとをきちんと追うべく、頑張ります!
ますますのご発展を!
by fumiko (2015-10-01 12:03) 

ChinchikoPapa

fumikoさん、コメントと「読んだ!」ボタンをありがとうございます。
このところ海外の記事をつづけさまに載せられているので、お忙しそうだと感じていました。実は、わたしも3週間にわたり休みがなかったのですが、ブログの記事はなぜか別ものでw、ちょっと睡眠時間を削りつつ相変わらずグズグズと書きつづけています。
海外は時差がたいへんでしょうが、風邪には十分お気をつけて。わざわざ、ありがとうございました。
by ChinchikoPapa (2015-10-01 12:32) 

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