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600万+230万人のみなさん、ありがとう。 [気になる下落合]

下落合の秋.jpg
 少し前、わたしのブログを訪問してくださった方が、のべ600万人を超えた。地元の落合地域から、あるいはここ江戸東京地方からのみならず、全国各地や遠く海外からアクセスしてくださる方もいる。このブログとは異なるサーバへ、別のページとして起ち上げている「目白文化村」Click!「わたしの落合町誌」Click!など、一部の別ドメインへのアクセスカウントを加えると、ゆうに800万人を超えている。2004年の暮れ、東京は新宿区北部のまるで“離れ”のように引っこんだ、非常にローカルかつ局所的な地域をめぐる人々の物語をテーマに、「こんな記事、誰か読む人がいるのかな?」と個人的な嗜好の記録として、あるいは家族の地域アデンティティの形成用として、怖るおそるサイトを開設したときには、まったく想像だにしえなかった数字だ。
AC20121114.JPG
 こののべ人数は、東京都市部(23区)の全人口に匹敵するボリュームだろうか?  あと1週間ほど、11月24日でスタートから丸8年が経過するのだが、この8年間に書いた記事、あるいは直近の3年間に書いた記事の「アクセスベスト10」を調べてみたくなった。
 余談だけれど、11月16日現在の「下落合みどりトラスト基金」Click!サイトへのアクセス数は46万人超、すでに保存が決定し役割りを終えた「中村彝アトリエ保存会」Click!サイトへのアクセス数は27万人超となっている。
  
 閑話休題
 きょうは、わたしが落合地域へ初めて足を踏み入れた、1974年(昭和49)の早春あたりの情景についてちょっと書いてみたい。1970年代半ばの落合地域は、いまとは比べものにならないほど緑がゆたかで、また落ち着いた家並みがつづく典型的な乃手Click!(旧山手ではなく、おもに大正期に山手線の内外に形成されたモダンな新山手)の風情をしていた。学校が近かったのと、のちに南長崎へ下宿Click!することになるので、落合地域のあちこちを歩きまわっていた。
 当時の風景を撮影しておかなかったのは残念きわまりないのだが、先日、新宿歴史博物館Click!の資料室へ立ち寄ったとき、1970年代に撮影された落合地域の風景写真を掲載した資料があったので、さっそくコピーさせていただいた。そこに写る街並みは、わたしが20歳前後に目にしていた、忘れられない落合地域の風情だ。写真が掲載されていたのは、1978年(昭和53)に新宿区が出版した写真集『新宿区30年のあゆみ~ガレキの中から、30年のいま~』だ。
 目白崖線の上から眺める新宿西口には、いまだ京王プラザホテルに住友ビル、三井ビル、安田ビルの4本しかなかった時代だ。下落合の坂道を下れば、背の高いマンションなどほとんどなかったので、富士女子短期大学の時計塔Click!がひときわ空に突きでて見えていた。学校への行き帰りに落合地域を歩いたので、必然的に下落合(現・中落合・中井含む)の風景が脳裏に刻まれ、地形や土地勘とでもいうべきものが身についたのだが、上落合や西落合(旧・葛ヶ谷)は通学路から外れるためあまり歩いてはおらず、それが刻まれたのはもっと後年になってからのことだ。
落合1978.jpg 田島橋1978.jpg
近衛町1978.jpg 中井1丁目1978.jpg
 同写真集に掲載された街角で、もっとも懐かしいのは近衛町Click!と神田川(と妙正寺川)、そして中井駅とその北側斜面(アビラ村Click!)に拡がる光景だろうか。近衛町コースは、権兵衛坂やオバケ坂のコースとともに、学校からの帰路に選ぶことが多く、日立目白クラブClick!の西側にある急階段を上り、尾根上に出てから北へと歩いて林泉園Click!の尾根道をたどりアパートまで帰っていた。当時の近衛町は、マンションではなく大邸宅が並ぶ丘上の住宅街で、1922年(大正11)に東京土地住宅Click!が開発した大谷石の築垣がそのままあちこちに残る、静かで落ち着いた典型的な乃手の住宅街だった。
 ときに中井駅へ出たのは、目白文化村を散歩しながら通学するときだ。山手通り沿いには高いビルがあまりなく、中井駅の高圧電線の鉄塔Click!が遠くからでも視認できた。山手通りを南へ向けて歩いていると、前方には中井駅の位置を教えてくれる高圧鉄塔が、ふり返れば東池袋にそそり立つサンシャイン60がよく見えた。同時に、当時はあちこちで開業していた銭湯の煙突から、午後になると排煙がもくもく空へ立ちのぼっていたのを憶えている。
 中井駅の北側、下落合西部(現・中井2丁目)を歩いたのはアルバイトが休みの土日が多かったように記憶している。重厚でひっそりとした近衛町とも、オシャレでハイカラな目白文化村とも異なる雰囲気の住宅街で、このブログをスタートしてからアビラ村Click!(芸術村)の経緯を知ったとき、初めてストンと街の成り立ちや“アイデンティティ”が腑に落ちる思いがした。70年代は、いまだ茅葺きの家々が残っており、中井御霊社Click!の拝殿屋根も茅葺きのままだった。
中井駅1_1978.jpg アビラ村1978.jpg
中井駅2_1978.jpg 上落合2丁目1978.jpg
 ひと口に落合地域といっても、その範囲は思いのほか広大であり、エリアによって多彩な表情を見せる、歩いても歩いても飽きないとても“楽しい”街だと思う。当時はほとんど散歩をしなかった西落合(特に三角形に突き出た北端部は当時、ほとんど足を踏み入れていなかった)は、昭和初期に碁盤状の三間道路を含め整然と形成された美しい街であり、古い道筋をそのまま残す下落合や上落合ともまったく異なる風情を色濃く宿している。このように、落合地域はエリアによって実にさまざまな街の“匂い”を楽しめる、「一粒」で4つも5つも美味しい街だと感じるのだ。
 これらの街の風情や感触は、人々が住宅を建てはじめた当時から、大なり小なり形成されていたと思われ、換言すれば、そのような街々の“匂い”へ惹かれるように、このサイトに登場するさまざまな人々が各エリアに集い、落合地域ならではの物語を形成していったのだろう。そして、現在でも少なからず、それぞれの街にはそこで暮らした人々の多彩な物語や伝承とともに、その“匂い”をそこはか感じとることができるのだ。それは、いたるところ名所や旧蹟だらけなのにもかかわらず、その“匂い”の大半が失われてしまった(城)下町とは大きなちがいだ。
下落合1974.jpg
下落合2002.jpg
 落合第四小学校が、2002年(平成14)に開校70年を記念して、同校を中心に下落合の東端部の空撮を行なっている。この写真は、“下敷き”にして生徒たちに配られたものだが、わたしが初めて落合地域に足を踏み入れた1974年(昭和49)の空中写真と比較すると、緑の減少がいちじるしい。1974年の空中写真は、真冬に撮影されているため一見、2002年の写真ほうが緑が多い印象を受けるのだけれど、落合地域の緑の減少率は新宿区の街々では群を抜いてワースト記録を更新しつづけている。「タヌキの森」Click!の課題もそうだが、ほんの少しでも70年代に眺めた、緑ゆたかで落ち着いた下落合の美しい街並みへもどってくれたら・・・と願わずにはいられない。

◆写真上:柿が実った晩秋の、いかにも下落合風景らしい風情。
◆写真中上:いずれも、新宿区が1978年(昭和53)に出版した写真集『新宿区30年のあゆみ』より。は、神田川と妙正寺川の合流地点()と田島橋の少し下流()。田島橋の向こうには富士短期大学の時計塔が見え、また右手にはすでに三越マンションが建設されている。は、懐かしい風情の近衛町()と目白崖線から眺めた中井1丁目から高田馬場駅方面の眺め()。
◆写真中下は、山手通りの陸橋から眺めた中井駅()と斜面に拡がるアビラ村(芸術村)の街並み()。は、同じく陸橋から眺めた中井駅踏切り()と上落合2丁目の街並み()。
◆写真下は、1974年(昭和49)の空中写真にみる山手線が近い旧・下落合の東端部の街並み。は、落合第四小学校の開校70周年を記念して撮影された同じ地域の空中写真。


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読んだ! 27

コメント 34

ChinchikoPapa

モンマルトルの丘はすてきですね。新宿のムーランルージュは、ここの風車をまねたものでしょうか。nice!をありがとうございました。>ryo1216さん
by ChinchikoPapa (2012-11-17 13:44) 

ChinchikoPapa

不忍池の弁天に、下落合の御留山弁天が合祀されたようですが、廃棄された石祠が気になっています。不忍池を一度、さらってみたい誘惑にかられます。w いつもnice!をありがとうございます。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2012-11-17 13:48) 

ChinchikoPapa

もともと水神=龍神伝説のある湧水源や水場に、室町末期から江戸期にかけて「弁天」が奉られていったようですね。日本の龍伝説を訪ねると、その地には「弁天」がかぶせられているケーススタディを多く見ます。nice!をありがとうございました。>dendenmushiさん
by ChinchikoPapa (2012-11-17 13:53) 

ChinchikoPapa

神楽坂の沿いの住宅街を歩くと、旧・山手の大きなお屋敷(近代建築)をいまでも見ることができますね。nice!をありがとうございました。>kiyoさん
by ChinchikoPapa (2012-11-17 13:58) 

ChinchikoPapa

10年ちょっと前のアルバムですね、未聴です。bclというと、なんとなく不吉でダークな「たくらみ」の音のような先入観があります。はたして、どんなサウンドなのでしょう。nice!をありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2012-11-17 14:03) 

ChinchikoPapa

『アンナ・カレーニナ』は、旧・ソ連が制作した映画の女優の印象が強いですね。やはり、ロシアにおけるロシア人ならではのアトモスフィアを感じるからでしょうか。nice!をありがとうございました。>nikiさん
by ChinchikoPapa (2012-11-17 14:10) 

ChinchikoPapa

前庭だけでなく、ぜひ迎賓館の内部も見学してみたいですね。
nice!をありがとうございました。>opas10さん
by ChinchikoPapa (2012-11-17 14:12) 

ChinchikoPapa

日向薬師とその周辺は、子どものころからもう何度出かけたかわからない、懐かしい場所のひとつです。鉈彫りの十二神将がすばらしいですね。nice!をありがとうございました。>siroyagi2さん
by ChinchikoPapa (2012-11-17 15:32) 

Marigreen

そこまで一つの土地に愛着を持ち続けられるPapaさんが羨ましい。小さいときは親の職業柄、転校、転校で、長じては、引越し魔で、あちこち行ったけど、それほど打ち込める土地はなかったな。
by Marigreen (2012-11-17 15:42) 

ChinchikoPapa

Marigreenさん、コメントをありがとうございます。
わたしも、親の都合で神奈川県に住んだり東京にもどったりしましたけれど、親の軸足(特に親父の)が東京地方の下町だったので(地域という場に限らず、あらゆる文化面で)、おのずとその界隈にこだわる性癖が見についたんでしょうね。「下落合」は、まったく新しいわたしの代からで(ただし連れ合いの親には縁があったようですが)、子どもたち以降の“地場”になるんでしょう。
by ChinchikoPapa (2012-11-17 16:05) 

ChinchikoPapa

そういえば“全席喫煙”の、人形町にある「快生軒」へ1年近く寄ってないですね。nice!をありがとうございました。>コンセルジュさん
by ChinchikoPapa (2012-11-17 19:27) 

ChinchikoPapa

きょうのうちのは、アジの一夜干しのおこぼれをもらい、身体じゅうベロベロとアジだらけにしています。nice!をありがとうございました。>じゅじさん
by ChinchikoPapa (2012-11-17 20:01) 

NO14Ruggerman

ということは、落四小学校、今年が
80周年だったのですね。
by NO14Ruggerman (2012-11-17 23:18) 

ChinchikoPapa

わたしも、きょうは仕事で休めませんでした。休日が日曜だけだと、なんだか休んだ気がしないのは歳のせいでしょうか。nice!をありがとうございました。>うたぞーさん
by ChinchikoPapa (2012-11-17 23:51) 

ChinchikoPapa

NO14Ruggermanさん、コメントとnice!をありがとうございます。
そうなんです。学校では、いろいろな記念行事や楽しい催し物があったみたいですね。きっと、また空撮も行われたんじゃないかと思います。
by ChinchikoPapa (2012-11-17 23:53) 

ChinchikoPapa

先日、戦前の卒業アルバムを拝見したのですが、鎌倉への遠足では鎌倉宮前での記念写真が掲載されていました。わたしたちの世代では、鶴岡八幡宮前での記念写真でしたから、そんなところにも時代を感じますね。nice!をありがとうございました。>SILENTさん
by ChinchikoPapa (2012-11-17 23:56) 

アヨアン・イゴカー

素晴らしい閲覧数ですね。おめでとうございます。
やはり、このブログ記事の内容が好いからだと思いますが、他の要素としては、自分の住んでいる地域に関心のある方が多いと言うこともあるのでしょうね。地域文化を大切にすること、個々人の知られていない業績(個人史)にも光を当ててゆくこと、それらは文化の奥行きを広げる、或いはより正しい歴史認識をするという点で、とても重要なことだと思います。
by アヨアン・イゴカー (2012-11-18 13:29) 

Marigreen

Papaさんの快挙に対しておめでとうを言うのを忘れていました。ちょっと毛色の変わったPapaさんの記事が一般受けするとは思っていませんでした。(こんな言い方は、ほめ言葉じゃないなあ)
なんせ、この快挙の理由は、上記のアヨアン・イゴカーさんのコメントに書き尽くされていたので。
おめでとうございます。これからも楽しい記事を閲覧させて下さい。
by Marigreen (2012-11-18 15:44) 

ChinchikoPapa

きょうは、モミジを観に出かけたのですが、緑葉から紅葉へのグラデーションがとても美しかったです。nice!をありがとうございました。>銀鏡反応さん
by ChinchikoPapa (2012-11-18 15:59) 

ChinchikoPapa

アヨアン・イゴカーさん、こちらにもコメントとnice!をありがとうございます。
おそらく、記事の内容よりも、落合地域や江戸東京の地方史に興味をおぼえる方が、少しずつですが増えているのではないかという感触があります。ある程度の年齢を重ねると、大きな“状況”ばかりでなく、自分がいる足元も同時に見つめたくなる・・・そんな時期があるのかもしれませんね。わたしも、実はそんな時期にこのサイトをスタートしているのかもしれませんし。
落合地域が面白いのは、多くの画家たちが居住したせいか、各時代の風景が作品として垣間見られるということと、住んだ方々の物語をたどっていくと多くの場合、芸術の側面ばかりでなく、政治や経済、社会、軍事・・・と、日本近代史に直結するような出来事や事件にたどりつける・・・という点でしょうか。落合地域が、上野の彰義隊の逸話との結びつきが強いのも、つい最近知った事実です。
by ChinchikoPapa (2012-11-18 16:08) 

ChinchikoPapa

Marigreenさん、重ねてコメントをありがとうございます。
わたし自身も、こんな毛色の変わった拙記事、誰が読むのかなぁ・・・とはじめたサイトですので、かなりビックリしている状態です。
さて、画像容量がつづくだけは書きたいのですが、残りが少なくなりつつあります。確か、有料のブログに登録すると容量は10倍ほどになるのですが、わざわざおカネを払ってまでやることではないですよね。w
by ChinchikoPapa (2012-11-18 16:23) 

ChinchikoPapa

いまが、1年のうちでいちばん夕焼けが美しい季節でしょうか。きょうは、真っ白に冠雪した富士山がきれいに見えました。nice!をありがとうございました。>江藤漢斉さん
by ChinchikoPapa (2012-11-18 16:24) 

ChinchikoPapa

みごとな筆柿ですね。このあたりは、「落合柿」の名産地なのですが、すでに伐られてしまった樹も多く、最近はなかなか食べる機会がありません。nice!をありがとうございました。>tree2さん
by ChinchikoPapa (2012-11-18 16:27) 

fumiko

忙殺状態にてソネブロ仲間への訪問が停滞しておりましたが、
ChinchikoPapaさんのブログは読みでがあるので、復帰後2日にわたりました(苦笑)
累計600万、素晴らしいです!!
私は今、ChinchikoPapaさんの半分の数字を追っているところです。

貴重な落合の郷土記録、その作業にホント脱帽です。
「落合地域はエリアによって実にさまざまな街の“匂い”を楽しめる、「一粒」で4つも5つも美味しい街だと感じるのだ」との表現、イイですね。
by fumiko (2012-11-18 19:07) 

ChinchikoPapa

fumikoさん、コメントとnice!をありがとうございます。
すみません、文章がダラダラとつい長くなってしまいまして。<(__)>
街で暮らした人々の生を、垂直にタテ軸で切っても、同時代的に水平にヨコ軸へたどっても、また、ちがった街の“顔”が見える飽きない地域だと思います。おそらく、同じ方法論で各地の街を改めて調べていくと、これまでにない新しい「風景」が見えてくるような気がしますね。
fumikoさんは、ワインという切り口で世界中の地域の特色、ときに葡萄を通じてその土地の土の匂いを感じ取られ、さまざまな風味や景色、地味のイメージをお持ちだと思いますが、どこかで通じるところがあるように思います。(たいへん僭越ですが/汗)
訪れた方々に、「街のテイスティング」のような役割を果たせるサイトにできれば・・・と、生意気にも考えています。
by ChinchikoPapa (2012-11-18 20:10) 

ChinchikoPapa

ご訪問とnice!を、ありがとうございました。>suzuranさん
by ChinchikoPapa (2012-11-18 20:36) 

ChinchikoPapa

欧米のスリラーものというと、すぐに因果関係があいまいで不可解な「ゾンビ」が出てくるのですが、わたしはつい笑ってしまうんですよね。w 怖さの文化が、欧米とアジアとでは根本的に異なる・・・と感じるキャラクターのひとつですね。nice!をありがとうございました。>月夜のうずのしゅげさん
by ChinchikoPapa (2012-11-18 20:44) 

ChinchikoPapa

スペインの開閉橋、いいですね。大川の勝鬨橋も、なんとかもう一度開かないものでしょうか。nice!をありがとうございました。>quattroさん
by ChinchikoPapa (2012-11-18 21:48) 

ChinchikoPapa

小さな子どもには、お獅子やお狐さんは相当怖いですよね。w
nice!をありがとうございました。>じみぃさん
by ChinchikoPapa (2012-11-19 10:43) 

ChinchikoPapa

昨日、多摩方面に紅葉を観に出かけたのですが、掲載されている鮮やかな紅色はしていませんでした。季節の微妙な気温の高低が、影響してるんでしょうか。nice!をありがとうございました。>yamさん
by ChinchikoPapa (2012-11-19 13:00) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>suzuran6さん
by ChinchikoPapa (2012-11-20 12:33) 

sig

ブログ満8年。おめでとうございます。毎回中身の濃い記事に、郷土愛をはるかに超えた近代日本文化史の香りを感じております。ブログのキャパが迫っているということですが、それを理由に満5年で切りをつけようと思っている私です。
by sig (2012-11-24 17:33) 

ChinchikoPapa

sigさん、コメントとnice!をありがとうございます。
ストレージのキャパシティは、あと30%強ほどあるのですが、わざわざおカネを払ってつづけるほどの内容ではありませんし、先の地域文化財がいともたやすく廃棄されて気持ちも萎え気味ですので、1GBがちょうどキリのいい上限でしょうか。
by ChinchikoPapa (2012-11-24 19:43) 

ChinchikoPapa

こちらにも、ごていねいにnice!をありがとうございました。>sonicさん
by ChinchikoPapa (2012-11-30 14:53) 

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