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戸塚町諏訪66番地の松浦武四郎。 [気になるエトセトラ]

エゾシカのたたき.jpg
 昨年の暮れ、親しい知人を誘ってエゾシカ肉のステーキを中心に、エゾシカ料理の「記年会」を開いた。早稲田大学の文学部(旧・早稲田高等学院Click!)前、諏訪通り沿いの穴八幡Click!の並びに、アイヌ民族が経営する料理店「レラ・チセ(rera-ci-set=風の家)」がオープンしたのは1994年(平成6)のことだ。しばらくすると、同店は早稲田から中野駅と新井薬師駅の中間あたりへと移転したのだが、2009年(平成21)に残念ながら閉店してしまい、わたしは行きそびれてエゾシカ肉の「ユク」(ステーキ)を食べそこなっていた。
 「忘年会」ならぬ「記年会」としたのは、もちろん1945年(昭和20)と同様に2011年(平成23)という年を、絶対に「忘年」してはならないからで、もはや二度と取り返しのつかない事態を招来し、通常の自然災害とはまったく異なり、国土の広範な地域が「白地図」化するという、文字どおり「亡国」的な状況に立ちいったったからだ。このような事態は、かつて「日本史」上においてもなかったことであり、関東大震災Click!以上に子々孫々の代まで忘れてはいけない記憶だからだ。
 さて、「記年会」を開いたのはdendenmushiさんClick!の地元・月島Click!の料理店だった。ここのご主人は北海道出身で、奥さんによれば店を開いてからそれほど年月がたっていないとのこと。店内はかなり混んでいて、あらかじめ予約を入れておかなければ食べられなかったかもしれない。増えすぎて稀少植物を食い荒らしてしてしまうエゾシカの、頭数調節で手に入れた肉を使って料理しているとのことだ。子どもが小さいころ、アレルギーの治療で除去食に取り入れていたニホンジカの肉も美味しいが、エゾシカも非常に美味な肉で、赤ワインとの相性が抜群の料理だった。北国のシカなので、もう少し脂がしつこい肉質だと想像していたのだが、牛や豚よりもかなり淡白であっさりした味わいには、やや腰のある少し渋めのワインがピッタリだ。ちなみに、頼んだワインはチリ製のカベルネ・ソーヴィニヨンのハーフボディだった。
 ところで、エゾシカというと、つい思い浮かべるのが幕末に松前藩の支配による「蝦夷地」をめぐり歩き、現場の様子をつぶさに記録して、幕府へ建議書とレポートを提出しつづけた松浦武四郎Click!だ。彼は、松前藩と大坂(阪)の商業資本とが結びついた、アイヌ民族に対する収奪と暴政を止めない限り、「蝦夷地」はシャモ(シサム=「隣人」から派生した和人への蔑称)に反感を抱きつづけ、あげくの果てには「赤蝦夷(ヲロシア)」へなびいてしまうだろうと警告しつづけた人物だ。幕府は、武四郎の報告を無視し、松前藩によるメチャクチャな「蝦夷地」収奪を許容しつづけた。もっとも、幕府は松前藩どころではなく、おそらく開国後の外交に忙殺されていて手がまわらなかったのだろう。
松浦武四郎.jpg エカシベシの縊死.jpg
 わたしは学生時代の最終年に、松浦武四郎の書いたものをいちばん多く読んでいるだろうか。中でも1858年(安政5)の『近世蝦夷人物誌』は、おそらく江戸期に書かれた地誌本としては最高クラスの作品だと思われる。今日でいうと、そこに住む人々の生活に密着して紡ぎあげた、綿密かつ正確な地域ルポルタージュの傑作というところだろう。先年、「世界記憶遺産」に指定された山本作兵衛の『炭鉱記録画集』(上野英信が採取した物語とのコラボ指定にならなかったのが残念だが)に勝るとも劣らない、日本を代表する記録文画集だろう。たび重なる松前藩の刺客や妨害に悩まされながら、習得したアイヌ語を駆使して“現場”の状況を、図版やイラスト入りで克明かつつぶさに記録しつづけた武四郎の仕事は、現在でもまったく色褪せておらず、国の重要文化財にも指定された彼の著作類1,503点は、近代史研究の中でも第1級の資料として位置づけられている。彼は、「蝦夷地」改め現在の「北海道」(北加伊道)の実質的な名づけ親としても有名だ。
 明治以降、北海道の状況に精通している武四郎は、明治政府の「開拓判官」に任命され、アイヌ民族の生活保障と文化の保護に乗り出すのだが、今度は明治政府と手を組んだ商業資本によってさまざまな妨害や脅迫を受け、「開拓判官」でありながら東京から北海道への出張さえできない事態にまで追いこまれていく。買収され腐敗した開拓使に絶望した武四郎は、早々に政府へ辞表を提出し、ついでに「従五位」の位階も突っ返してしまった。以降、政府といっさい絶縁した武四郎は、当時の明治政府を皮肉り揶揄するように、松浦馬角斎(ばかくさい)の雅号を名乗るようになった。
戸塚町諏訪66番地1929.jpg 戸塚町諏訪66番地1947.jpg
諏訪66番地1.JPG 諏訪66番地2.JPG
 先日、1931年(昭和6)に編纂された『戸塚町誌』Click!(戸塚町誌刊行会)の人物編を読んでいたら、目が点になってしまった。戸塚町諏訪66番地に、なんと松浦武四郎が住んでいたからだ。松浦武四郎は、1888年(明治21)に神田五軒町で死去したはずなのに、なんで1931年(昭和6)の戸塚町に在住しているのか、一瞬頭が真っ白になってしまった。以下、『戸塚町誌』から引用してみよう。
  
 家屋税調査委員 松浦武四郎 諏訪六六
 松浦家は本町に於ける名流にして、其の家格も由緒深く、殊に祖父松浦武四郎氏最も顯(あわられ)る、同氏は維新回天の志士にて、後年明治大帝より従五位を贈らる、啓蒙時代北海道の探査に従事し同地方村名は、多く氏に因りて名付けられ、北海道人の雅名今に至るも謳はる、或は唐人お吉の下田脱出を助くる等、英雄的精神に富みし証左は、枚挙に遑あらず、氏は先考一雄氏の四男として明治二十五年四月、神田五軒町に生れ、大正八年現所に移住す、夙(つと)に本町自治の内面的功労者として知られてゐる人である、即ち生来の止むに止まれぬ犠牲的精神の発露が公共への尽力となつて現われてくるのであるが、世の毀誉には全く冷淡である、されば従来氏の尽力に因つて町会議員に当選したる人士も少なくない、従つて世人の信望も信頼も極めて根強いものがあると共に、高潔だと云はれる人格も非凡な才腕も皆此処に所以してゐる・・・(後略)
  
 どうやら、松浦武四郎の孫にあたる人で、祖父の名前を襲名した2代目・松浦武四郎ということのようだ。戸塚町諏訪66番地は、明治通り(環5)が貫通する工事の際、ギリギリに残った街角のひとつだ。現在は、明治通りからわずかに20mほど東へ入った角地にあたる。
エゾシカステーキ.JPG エゾシカ脂身カリカリソテ.JPG
 松浦武四郎も、モシリ(大地)の各地で舌つづみを打ったと思われる、エゾシカ肉を堪能してから数日後、「レラ・チセ」の後継店ともいうべき「ハル・コロ」(haru-kor=満腹)が昨年の5月、百人町にオープンしたばかりなのを知った。灯台下暗しで、わざわざ地下鉄で月島まで出かけることはなかったのだけれど、東京各地でアイヌ料理がいつでも食べられる現状を知ったら、松浦武四郎(初代)はきっと大喜びしたにちがいない。地域の料理すなわち食材や味覚は、言語(方言Click!含む)とともに地域文化の基盤を形成し、次世代へと継承する重要な要素のひとつだからだ。ももんじ屋Click!の昔から江戸東京つづきであるわたしの舌に、アイヌ民族の食文化はとてもよく合う。

◆写真上:ハーフボディの赤ワインとの相性が抜群だった、エゾシカ肉のたたき。
◆写真中上は、晩年の松浦武四郎。は、『近世蝦夷人物誌』(1858年)の武四郎による挿画。妻をシャモ(和人)に強奪され殺された夫(エカシベシ)が、絶望のあまり縊死する情景を描いたもの。松前藩や明治政府支配による暴政で、自殺したアイヌは膨大な数にのぼる。今日、「少数民族」などと“結果論”的にいわれるが、もともと「少数」ではなかった点にも留意したい。
◆写真中下上左は、1929年(昭和4)作成の「戸塚町市街図」にみる戸塚町諏訪66番地。上右は、1947年(昭和22)の空中写真にみる同所で戦災をまぬがれている。は、諏訪66番地の現状。明治通り(環5)が貫通したために、周囲には通行するクルマが多い。
◆写真下は、エゾシカ肉のステーキ。は、とてもあっさりしたエゾシカ脂身のカリカリソテー。戸塚町誌P298-299.jpg


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読んだ! 27

コメント 46

NO14Ruggerman

美味しそうですねぇ。
最初の写真、一見したところ馬刺しに似ている感じですが
お味は如何なものでしょうか・・
by NO14Ruggerman (2012-01-21 02:06) 

dendenmushi

@へーっ! 月島にそんな店があったのですか。どこだろう?
前に、月島へ行くとおっしゃっていたのは、このことだったのですね。
でんでんむしは、いまは月島でなく石垣島にいます…。
なるほど、作兵衛さんに負けない…か。そういうのって、多いですね。片方にだけ陽が当たっると、ほかは陰になる…。
by dendenmushi (2012-01-21 06:21) 

niki

いつも私の知らないことがたくさんで、とても勉強になります~^^
ニホンジカ・・・・ジビエ料理ですね。「ユク」というのですか。韓国語と
一緒ですね。
普通の鹿肉は食べたことありますが、アイヌ料理はまだ食べたことが
ないので、食べてみたいです( ´艸`)


by niki (2012-01-21 09:07) 

ChinchikoPapa

ウニクリームパスタは、わたしの大好物のひとつです。東北へ旅行したときに食べたひと皿がいままでのベストですが、あのお店はどうなったのでしょう。nice!をありがとうございました。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2012-01-21 14:46) 

ChinchikoPapa

NO14Ruggermanさん、コメントとnice!をありがとうございます。
馬肉も、除去食でかなり食べた肉のひとつです。桜肉は、それなりにクセがあるので料理に工夫が必要ですが、エゾシカ肉(ニホンジカ肉も同様ですが)は、ほとんどクセがなくあっさりした風味で、どのような料理にも向くと思います。美味しいカンガルーの肉に近い感触でしょうか。
by ChinchikoPapa (2012-01-21 14:51) 

ChinchikoPapa

ご訪問とnice!を、ありがとうございました。>ゆきママさん
by ChinchikoPapa (2012-01-21 14:54) 

ChinchikoPapa

dendenmushiさん、コメントとnice!をありがとうございます。
大江戸線の月島駅から徒歩3分ぐらいのところにある、「まくら木」というお店です。ここは、料理ばかりでなくワインの種類が豊富で、エゾシカ肉の料理に合うワインをいろいろ楽しめます。ハウスワインはどちらかといえば甘口とのことですが、辛口が好きな方は好きな地域のワインを指定できるのがうれしいですね。
作兵衛さんだけでなく、武四郎さんにももっとスポットライトが当たってほしいものです。先日、明治の復元・新橋駅の隣りで、「松浦武四郎展」が開かれたばかりですが、さまざまな地誌の実物を初めて目にすることができました。
by ChinchikoPapa (2012-01-21 15:08) 

ChinchikoPapa

仙台にも、どんど焼き(どんと焼き)があるのですね。わたしはどんど焼きというと、どうしてもキャベツが多めに盛られた、鉄板の上のお好み焼きをイメージしてしまい、空腹感をおぼえるんです。w nice!をありがとうございました。>kiyoさん
by ChinchikoPapa (2012-01-21 15:13) 

ChinchikoPapa

牡蠣がうまい季節ですが、これまで毎年舌鼓を打ってきた宮城や三陸の生牡蠣が食べられないというのは、改めてコトの重大さを思い知らされる事態です。nice!をありがとうございました。>hanamuraさん
by ChinchikoPapa (2012-01-21 15:20) 

ChinchikoPapa

nikiさん、コメントとnice!をありがとうございます。
「ユク」は朝鮮・韓国語だと思います。w レアに近いステーキなので、あえて焼肉店風の韓流メニューにしてあるんじゃないかと。
ニホンジカよりは、こくが少しあって脂身が多めのようですが、人によってはシカ肉よりもエゾシカ肉のほうが好き・・・という感触になりそうです。わたしは、淡白なニホンジカよりもエゾシカのほうが美味しく感じました。
by ChinchikoPapa (2012-01-21 15:32) 

ChinchikoPapa

広島では、家庭への鯉のぼりの普及率がとても高そうですよね。w
nice!をありがとうございました。>opas10さん
by ChinchikoPapa (2012-01-21 15:35) 

ChinchikoPapa

松陰神社は、一度も立ち寄ったことがないです。
nice!をありがとうございました。>ryo1216さん
by ChinchikoPapa (2012-01-21 15:41) 

ChinchikoPapa

昨日の降雪にも、いまだ放射性物質が含まれていたようですね。東京でも、それなりに検出されていますので、地元でははたしてどれだけの濃度の雪が降っているものか、まったく報道されません。nice!をありがとうございました。>ぼんぼちぼちぼちさん
by ChinchikoPapa (2012-01-21 15:49) 

ChinchikoPapa

カーラ・ブレイを聴いていた80年代に、このアルバムもいっしょにどこかで聴いた憶えがありますが、ジャケットには見憶えがないですね。nice!をありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2012-01-21 15:59) 

ChinchikoPapa

うちの近くの畑でも、落合ダイコンが美味しそうに育ちました。きっと、甘くて美味しいのでしょうね。nice!をありがとうございました。>まるまるさん
by ChinchikoPapa (2012-01-21 19:09) 

ChinchikoPapa

先日、久しぶりにマンガを借りて読んだのですが、しばらく離れていたせいかコマを重ねて追いかける感覚がしばらくもどりませんでした。nice!をありがとうございました。>うたぞーさん
by ChinchikoPapa (2012-01-21 21:22) 

ChinchikoPapa

うっすらと見える羊蹄山、きれいですね。
nice!をありがとうございました。>da-kuraさん
by ChinchikoPapa (2012-01-21 21:29) 

fumiko

お好きな品種カベルネ・ソーヴィニヨンだったのですね。
ワインの話題が出てくるには本当に珍しいことです。
by fumiko (2012-01-21 22:49) 

ChinchikoPapa

fumikoさん、コメントとnice!をありがとうございます。
ワインはけっこう好きでときどき飲むのですが、たいていはブレンドのいわゆる安い「テーブルワイン」ばかりです。たまに銘柄ワインを飲むから、印象深いのかもしれません。ガメイ種もけっこう好きですよ。w
by ChinchikoPapa (2012-01-22 00:09) 

dendenmushi

@えーっ! 「まくら木」ですか〜。月島第一公園の前の…。あそこは夜しかやっていなくて入ったことはなかったのですが、いつもよく前を通っていました。
by dendenmushi (2012-01-22 05:44) 

銀鏡反応

鹿肉のたたきが本当に美味しそうですね。私もジビエ料理は全く食べたことがないのですが、大自然の滋味を味わう意味でも、一度は舌の上でその香りと味を堪能してみたいと思います。
by 銀鏡反応 (2012-01-22 12:07) 

ChinchikoPapa

めちゃくちゃ長い太刀拵えですね。鳥居反りでしょうか、全体の体配が見てみたいです。w nice!をありがとうございました。>マチャさん
by ChinchikoPapa (2012-01-22 21:32) 

ChinchikoPapa

dendenmushiさん、重ねてコメントをありがとうございます。
平日の夜に出かけましたので空いてるかと思ったら、入って1時間ほどで満席になってしまいました。かなり人気のあるお店のようですね。料理もていねいで、美味しかったです。
by ChinchikoPapa (2012-01-22 21:51) 

ChinchikoPapa

銀鏡反応さん、コメントとnice!をありがとうございます。
わたしも、久しぶりのジビエ料理でした。両国橋東詰めの「ももんじ屋」にも、しばらくご無沙汰ですので近いうちに出かけたくなりました。いまの季節、しし鍋は身体を温めてくれますよね。といっても、しし鍋は「ぼたん鍋」とは異なり、江戸東京の昔ながらのしし鍋は“すき焼き”に近い料理です。
by ChinchikoPapa (2012-01-22 21:58) 

ChinchikoPapa

江の島からの富士山は見事ですね。北斎の作品を観ているようです。
nice!をありがとうございました。>siroyagi2さん
by ChinchikoPapa (2012-01-22 22:00) 

ChinchikoPapa

3月10日の東京大空襲の戦災に遭って、拓北農兵隊に参加した人たちは二重の被害を受けたことになりますね。nice!をありがとうございました。>アヨアン・イゴカーさん
by ChinchikoPapa (2012-01-23 10:25) 

ChinchikoPapa

雄大なヒマラヤの長めですね。エベレスト(チョモランマ)の写真を見ると、なぜかマッコイ・タイナーの曲を思い出します。w nice!をありがとうございました。>kazuさん
by ChinchikoPapa (2012-01-23 10:34) 

ChinchikoPapa

発電所や発電方法を選んで電気を買える、デジタル・グリッドの仕組みが早く実現しないでしょうか。nice!をありがとうございました。>comomonさん
by ChinchikoPapa (2012-01-23 10:37) 

tree2

昨年、旧栗山村の(現在はツマラヌことに、日光市内)旅館で、
鹿肉の刺身を食べました。クセがなく、脂もなく、淡泊すぎるくらい。
ヘルシーなこと請け合いです。
鹿は増えすぎて困っているというから、食肉として売ってくれれば喜んで利用するのになぁ。
by tree2 (2012-01-23 13:49) 

ChinchikoPapa

カラスは、アンパンでもなんでも人間と同じものを食べますね。鎌倉では、女性や子供が食べてるソフトクリームを、トビが急降下してさらっていく情景に遭遇しました。どうやらトビもカラスも、人間が食べる御馳走に気がついたようです。nice!をありがとうございました。>イデケンさん(今造ROWINGTEAMさん)
by ChinchikoPapa (2012-01-23 15:57) 

ChinchikoPapa

tree2さん、コメントとnice!をありがとうございます。
シカ肉はクセがほとんどないので、和食洋食を問わずどのような料理にも合いますね。ゆでたシカ肉を、サラダに入れてもうまいです。
あと、一生に一度でいいから、逮捕されずにニホンカモシカ(ウシ科)のすき焼きを食べてみたいです。w アオジシ(ニホンカモシカ)肉を一度食べてしまうと、牛肉は臭くてクセがありすぎて食べられない・・・といいますから、とびきりの美味なのでしょう。明治初期の人たちが牛肉を臭いと思ったのは、江戸期に食されていたニホンカモシカやニホンジカの肉の風味を、よく知っていたからだと思います。
by ChinchikoPapa (2012-01-23 16:04) 

tree2

うわああ、ニホンカモシカ食べてみたい! じつはウミガメも美味だそうで…

イノシシ肉は固まりをもらったことがあります。教わった調理法は「酒をかけて焼く」でした。しかしそれ以上においしかったのは、赤味噌と酒粕と味醂(混ぜたものを、我が家では常備)で3日ほど漬けたもの。硬いけれど、なんともいえず美味でした。最近流行の「塩麹」なら、おいしい上に柔らかくできるかもしれませんね。

ほかに経験した野生の肉は、キジとヤマドリ(多少臭みはあるけれど素晴らしいダシが出る)。旧栗山村で、サンショウウオの姿焼き(鰹節をそのままかじったような味)。
by tree2 (2012-01-24 00:14) 

ChinchikoPapa

江戸期の安政地震がそうだったように、まず東海・南海。豊予大地震が短期間のうちに発生し、そのあとに江戸東京直下型がくるような気がします。安政期は、3つの大地震の1年後でしたが・・・。nice!をありがとうございました。>あんぱんち〜さん
by ChinchikoPapa (2012-01-24 20:02) 

ChinchikoPapa

tree2さん、重ねてコメントをありがとうございます。
「うまいもん」のお話になりますと、もう止まらなくなりそうです。w 下の子がアレルギーで除去食をしていたせいか、いろいろな肉を食べてまして、イノシシのブロックもとどいた記憶があります。四国の猟師さんで、「4kgのブロックがあるんだけどいります?」と連絡をもらって買ったのはいいですが、4kgというと毎日イノシシを食べても、なかなかなくなりませんね。
印象に残っているのは、カンガルーのステーキが非常に美味なことでした。シカ肉に近いのですが、とてもいい香りがしますね。逆にまずかったのは、タヌキ汁です。一度、ももんじ屋で口にして懲りました。脂が多くて臭みがあり、二度とごめん・・・という料理でした。
サンショウウオは、いまだかつて食した経験がありません。w
掲載されている中華街の獅子、材質は大理石っぽいですね。
by ChinchikoPapa (2012-01-24 20:14) 

sig

松浦武四郎・・北方の近代史を知る上での重要人物ですね。江戸では彼の真価を図ることができなかったのでしょうね。
南国の鹿肉は食べたことがありますが、エゾシカのステーキ、いけそうですね。
by sig (2012-02-04 16:56) 

ChinchikoPapa

sigさん、コメントとnice!をありがとうございます。
日本には世界レベルで通用する普遍性を備えた、近代における優れた記録文や記録画がたくさんありますけれど、国内ではほとんど顧みられない(というか知られてもいない)のが残念です。かえって、その価値が海外から「指摘」されるというのは、ちょっと恥ずかしいし残念でなりません。
ついでに、ギリシャや北欧の神話よりも膨大な世界最大クラスの「カムイ・ユカル」も、日本を代表する物語として認知されるとうれしいですね。
エゾシカは、ほんとうに美味です。どんな料理にも合いそうな、臭みのほとんどない肉ですね。
by ChinchikoPapa (2012-02-04 21:04) 

ChinchikoPapa

こでいねいにこちらへも、nice!をありがとうございました。>sonicさん
by ChinchikoPapa (2012-02-14 14:38) 

石垣直樹

初めてコメントをさせて頂きます。
私は「唐人お吉」の舞台となった下田の住人です。
数年前、お吉の親友が残したとされる口伝「松浦武四郎に
連れられて、お吉は京都の祇園で開国運動をしていた」
をもとに小説を出版させて頂きました。
口伝故に「本当?」「あの松浦武四郎?」と言われると、
口伝ですので…というしかなく、しかし、このブログの中で
松浦武四郎さんのお孫さんの記述で「唐人お吉の下田脱出
を助くる等…」という記述を見つけた時は衝撃を受けました。
あーやっぱり…という安堵感を頂きました。
ただただ、この思いを伝えたくコメントさせて頂きました。
失礼を致しました。
by 石垣直樹 (2013-02-15 13:48) 

ChinchikoPapa

石垣直樹さん、ごていねいにコメントをありがとうございます。
『戸塚町誌』が出版されたのは1931年ですので、おそらく昭和初期までは、「唐人お吉」と松浦武四郎に関するエピソードが、このような地域誌(史)を編纂する編集者にまでよく知られたエピソードとして、広く伝わっていたのかもしれませんね。
戦後は、松浦武四郎について語られることといいますと、「北海道」をめぐる膨大な記録の作者というイメージと、隠居して「馬角斎」になってからの物語が圧倒的で、その他のエピソードは影が薄くなってしまったものでしょうか。
先年、新橋で開催された「松浦武四郎と一畳敷き」展でも、北海道に関する展示と隠居後の生活についてがほとんどで、「唐人お吉」については触れられていなかったと思います。
by ChinchikoPapa (2013-02-15 14:59) 

石垣直樹

こちらこそ、ご丁寧にお返事を下さり、ありがとうございます。
お吉への差別は、お吉の死後120年経った今も根深く残って
おります。参拝客は「かわいそうに」と言って手を合わせますが、
伝聞のように、松浦武四郎の配下となって京都で開国論を説いた
女性であるならば、これは悲劇ではなく英雄物語にもなりうる…
ただ、女性であったが故に「かわいそうな女」に仕立上げられて
しまった…。と考えております。
引き取り手のなかったお吉の遺骸を埋葬し、下田を38年も追放
された菩提寺「宝福寺」のご住職にもこの話をしたところ、大変に
喜んでおりました。近い将来、戸塚町誌のその部分の記述を直接
見せて頂けたら…と、少しずうずうしい事を考えております。
その場合、どのような方法があるでしょうか?
再度、長々と本当に申し訳ありません。

by 石垣直樹 (2013-02-15 19:04) 

ChinchikoPapa

石垣直樹様、重ねてコメントをありがとうございます。
記事末に、『戸塚町誌』の人物編に掲載された「松浦武四郎」(P298-299)項目の全文を掲載しました。ご参照ください。
もし、「尊皇攘夷」の嵐が吹き荒れる京で「開国論」を説く女性がいたとすれば、江戸や箱(函)館、長崎とはわけがちがいますから、死も覚悟の相当な勇気が必要だったのではないかと思います。また、その女性が松浦武四郎と繋がりがあったとしますと、非常に興味深いですね。
語られる歴史というのは、膨大な事実の集積の上澄みをすくいとって、さらに都合よく演繹化した結果だと思いますので、埋もれている物語が無数にあるのではないかと考えます。
ご研究の参考になれば幸いです。


by ChinchikoPapa (2013-02-15 21:11) 

石垣直樹

度々申し訳ありません。
貴重な文献をご開示頂き、感謝の言葉もございません。
本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。
昭和8年、お吉のことを一時は非難した新渡戸稲造博士
が亡くなられる二ヶ月前に下田を訪れ、古老の方々にお吉
のことを聞いて回り、大変な間違いを犯してしまったと、
お吉が身を投げた淵に「お吉地蔵」を建立し、
「から草の浮き名のもとに枯れ果てし君が心はやまとなでしこ」
という詩を詠み、そこに残しております。
実は3月に、このことと松浦武四郎のことを軸にした本を
出版する予定なのですが、恥ずかしながら、地元では、
「あれはただの洗濯女だ」ごとき差別が未だに残っており、
宝福寺ご住職と私がお吉の復権に向かって活動することに
逆風が吹き始めています。全く愚かなことです。
そんな事もあり、この度のご親切は、本当に力になります。
本来、貴方様には関係のないことを、このように長々しく
書くべきではありませんが、お許しくださいませ。
by 石垣直樹 (2013-02-16 08:33) 

ChinchikoPapa

石垣さん、ごていねいにコメントをありがとうございます。
巷間で語られているエピソードが、実は芝居や講談によってのちに作り上げられた、フィクションとしての「座りのよい物語」(みんなが納得し、気持ちの整理がしやすい筋立て)だった・・・というのは、江戸東京のあちこちでも確認できる現象です。実際にその“現場”の記録や伝承をたどってみると、まったく正反対の事実が見えてくることも少なくありませんね。
当時の「世間体」のために都合よく隠され、糊塗されてしまった事実を掘り起こすのは、非常に重要なお仕事だと思います。ぜひ、お仕事を完成させてください。^^
by ChinchikoPapa (2013-02-16 11:57) 

石垣直樹

励まされる御言葉を頂き、ありがとうございます。
このブログでの出会いに心より感謝致します。
by 石垣直樹 (2013-02-16 14:10) 

ChinchikoPapa

石垣さん、コメントをありがとうございます。
こちらこそ、興味深いお話をありがとうございました。
陰ながら、応援させていただきます。
by ChinchikoPapa (2013-02-16 15:06) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>さらまわしさん
by ChinchikoPapa (2015-01-17 19:46) 

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