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「Chinchiko Papalog」をや~めた! [気になる下落合]

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 「小柄な人かと思っていたのですが、そうじゃないんですね」と、お会いする人たちから言われつづけている。このブログタイトルの「Chinchiko Papalog」という名称から、どうやらわたしは背が低いと想像されているらしい。いちいち説明するのが面倒になってきたので、ブログを開設してから丸7年が経過したいま、もう一度改めてネームの由来を書きとめておきたい。
 ついでに、ブログがこの11月24日で8年目Click!に突入したので、誤解を生むようなブログタイトルを改めてみた。ただしハンドルネームは、わたしのことを「Papaさん」と呼ぶ方が圧倒的に多いので、そのまま使用することにした。この7年間、ブログのリソースをずいぶん消費してきているので、ストレージ容量が限界に達した場合にはとりあえず更新を停止したい。
 「Chinchiko Papa」という名前は、もともと近くにある行きつけの「カフェ杏奴」Click!のノートに書いていたハンドルネームだった。うちの下のオスガキが小学生のとき、杏奴ノートに「Chinchikorin(チンチコリン)」というネームでなにかを書きはじめていたので、わたしもつられてイタズラ書きをするようになった。その際、署名に困ってつい「Chinchikorin」の「Papa」だから「Chinchiko Papa」としただけの、きわめて他愛ない理由からだった。当時、身長が1mとちょっとしかなかったオスガキは、いまやわたしの背を抜いて180cmに迫ろうとしている。
 「とても声が、お若いんですね」と、電話でお話しするお相手、あるいは取材者の方からいたわるように言われつづけている。^^; どうやら、わたしのことを慶応年間あるいは明治生まれのじいちゃんで、ヘタすると彰義隊Click!靖共隊Click!に参加でもしてるように思われているらしい。昔の江戸東京について書きつづけているのは、わたしが150歳だからではなく、祖父や親からこの地で起きた物語や伝承を大量に聞かされてるからであり、おそらく祖父や親たちもまた、その祖父や親たちから抱えきれないほどの物語や伝承を聞いて育ってるせいだ。
 そしてもうひとつ、サイト名の変更は「チッ、チン、チン・・・コ・・・あの~~、とっても言いにくい名前ですのよ。変えていただけませんこと?」と、この7年間いわれつづけてきたせいでもあった。w
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 わたしは、経済白書が「もはや戦後ではない」と記した、50年代後半に生まれた世代だ。60年安保などまったく知らず(岸上大作Click!は知ってるけれど)、70年安保もよくわからないうちに過ぎ去っていった。(福島泰樹Click!は知っているけれど) だから、「声がお若いですね」じゃなくて、そのような世代を過ごした方々に比べたら、実際に「若い」のだ。
 わたしの10代の終わりは、マイルス・デイビスClick!が日本公演の『アガルタ』と『パンゲア』を発表したあと、長い“沈黙”をつづけていた時期と重なり、学生時代の終わりごろになってようやく“復活”して、取るものもとりあえず新宿の寒い都営6号広場(現・都庁の近く)へと駈けつけ、三里塚では市民や学生や労組員たちに、いくつかの派手なセクトClick!が入り混じって最後の闘争が繰り広げられ(いまさら、成田が遠いとはどういうことだ?)、米国のスリーマイル島では「ありえない」メルトダウンの原発事故が起き(いまでも放射線障害に苦しんでいる人々がいる)、めまぐるしい日本経済はバブルへ向けてまっしぐら・・・というような時代だった。
 街中を歩けば、あちこちの店から耳ざわりのよいフュージョン・ミュージックが流れ、メジャーになりすぎて飽きられた反動からか「ハードバップ・リバイバル」などという、過去のサウンドの焼き直しのようなJAZZが聞こえはじめていた。自分で書いときながら、つまらない政治史+歴史学のゼミ論(いちおう卒論)を提出し終えると、当時、アパートを借りていた南長崎から旧・下落合全域をフラフラと散歩しながら、日々の生活費を稼ぐアルバイトに忙しい、80年代のはじめをすごしていた。
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 アパートには、ステレオ(死語だ)はあったけれどしばらくTVがなく、音楽を聴きながら次から次へと本ばかり読んでいた憶えがある。すでに廃業して久しい、近くの銭湯・仲の湯(旧・久の湯Click!)か、そこが休業していれば目白文化村Click!外れの銭湯・人生浴場(旧・萩の湯Click!)へ出かけると、連れが出てくるのを外でカタカタ震えながら待っている、仲里依紗(なか・りいさ)じゃないけれど「あっ、リアル神田川!」の光景がまだかろうじて見られていた時代だ。
 学校の帰り道や休日などには、落合・長崎両地域を散歩するのが好きだった。一眼レフカメラが2台あったにもかかわらず、持って歩かなかったウカツさをいまだに悔やんでいる。当サイトでよく引用する、1947年(昭和22)撮影の空中写真だが、画面に見える焼け残ったエリアの家々が、ほぼそのままの状態で残っている街並みだった。それから30年、相変わらず同じ地域や道筋をウロウロ散歩していると、ときどき不思議な感覚にとらわれることがある。
 新しいブログの名称は、昔と変わらず「落合」町の「道」をブラブラ散歩して、ときに「道草」ばかりしている「人間」という意味から、「落合道人」と付けてみた。「Ochiai-Dojin」は「落合土人」でもいいだろう。「土人」とは、江戸期の用語で「地元の人間」という意味だ。先日、旧「日本橋区」のエリアをテーマとしたWebサイト起ち上げのご相談を受けたが、もし万が一、故郷の「日本橋区」にもどることがあれば、次は「日本橋道人」とでもしてみようか・・・。先年、上のオスガキが本籍地を日本橋から下落合へ移してしまった。わたしとは異なり、彼にしてみれば(城)下町Click!はまったく馴染みのない、未知の地域だからだろう。わたしは死ぬまで、「日本橋」を離れないつもりでいる。
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 先日、友人と「タイムリープできるなら、いつのどこがいい?」という話になったとき、わたしは迷わず「1926年(大正15)9月18日(土曜日)、曇りの下落合661番地!」と答えた。『下落合風景』Click!を描きはじめた、佐伯祐三Click!のストーカーができるからだ。85年前の下落合に降り立っても、きっと「事情明細図」Click!の道筋がアタマに焼き付いてるので迷うことはないだろう。当時の家々の風情や街角も、おおよそアタマの中に刷りこまれている。
 「きょうも、どっかへお出かけかな?」
 「あのな~、わしのあとついてくんの、あれ~、なんとかならへんかいな」
 「そんなこと言わずにさ、下落合のあっちこっち散歩しよ」
 「あのな~、わしをな、下落合の東へ東へ連れてくのんもな、ほんま、やめてんか~」
 「ねえねえ、八島さんの奥さんに絵をあげたでしょ?」
 「・・・八島はんが、どないかしたんかいな?」
 「オンちゃん、いまいないからさ、ちょっとだけ教えてってば。どういう関係?」
 「・・・知らんがな」
 「そうそう、救命院には行かないの?」
 「あ、あのな~・・・」
 「1973年(昭和48)9月の下落合御留山!」でもいいな・・・とも思う。翌1974年(昭和49)の下落合は、わたしも実際に歩いて目にしている。いまからは想像もできないほど、緑だらけの落ち着いた街並みで、それをもう一度この目で眺めてみたいという欲求もあるのだが、そこで行われていたドラマのロケClick!を見てみたい・・・という想いも強いのだ。その様子を、携帯から写真とともにブログへアップロードしたいのだけれど、電波がとどかない圏外なのだ。(爆!)

◆写真上・中上・下:旧・下落合の風景で、右下に黄色の☆印がつくのはすでに消滅した風景。
◆写真中下は、1960年(昭和35)6月のニュース映画より、学生が街頭へ出てひとりもいなくなってしまった東京藝術大学の石膏室(デッサン室)。は、ニューヨークの街角で演奏するマイルス・デイビスとデビッド・サンボーン・・・のわけがなく、映画『Scrooged』(1988年)のワンシーン。


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コメント 52

dendenmushi

@タイトル、サブ、中身とあって、わかりよくなりましたね。
 わたしも、本籍地は広島市のままにしています。戸籍謄本などが必要なとき、日本橋と違ってめんどくさいのですが、でもそれを変えてしまうと自分の根っこがわからなくなるような気がします。
by dendenmushi (2011-11-25 05:36) 

SILENT

お名前の由来よくわかりました
CPカンパニーなんてブランドもありましたね
PAPASブランドも好きでしたが
by SILENT (2011-11-25 11:35) 

kiyo

わぁ、ヒトに歴史アリ、ブログにも歴史アリなんですね。
背の高いPapaさんに、いつの日か、お会いできることを楽しみにしています。


by kiyo (2011-11-25 11:38) 

ももなーお

お久しぶりです。ご無沙汰です。お名前変えられたのですね。
いつも拝読して思うのですが、圧倒的な取材力、すごいの一言です。
出版関係のお勤めの人かと思うくらいです。

ちなみに、星印の写真、今はもう存在しないようですが、現在は代わりに何ができたんだか教えていただけますか?
by ももなーお (2011-11-25 11:48) 

ものたがひ

道人さま、歩録"(ぶろぐ。^^;)の8年目入り、おめでとうございます。星印は、御留山の七つ星だけがいいですね。
by ものたがひ (2011-11-25 12:28) 

Nylaicanai

さよなら、Chinchiko Papalog!
こんにちわ、落合道人!

by Nylaicanai (2011-11-25 15:29) 

ChinchikoPapa

dendenmushiさん、コメントとnice!をありがとうございます。
これでようやく、女性もちゃんとサイト名を呼んでくださると思います。ww
本籍地の件は、ほんとにそうなんですね。根っこの部分は変えたくない思いが強くします。でも、わたしが死んだら、おそらく日本橋まで手続きにいくのは面倒だから新宿区へ・・・ということに、きっとなるんでしょうね。ちょっと淋しい気もします。
by ChinchikoPapa (2011-11-25 19:24) 

ChinchikoPapa

最近は、オフィス用品までAmazonで購入しています。もはや、ネット百貨店ですね。nice!をありがとうございました。>sugoimonoさん
by ChinchikoPapa (2011-11-25 19:27) 

ChinchikoPapa

タウンホール・コンサートというと、すぐにフリーJAZZの演奏が思い浮かぶのは、o.コールマンの印象が強烈だからなんでしょうね。nice!をありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2011-11-25 19:29) 

ChinchikoPapa

白っちゃけていない、ちゃんと稲荷寿司の色をしていますね、美味しそうです。nice!をありがとうございました。>sonicさん
by ChinchikoPapa (2011-11-25 19:31) 

ChinchikoPapa

SILENTさん、コメントとnice!をありがとうございます。
どちらも、ファッションメーカーだったでしょうか。わたしには、あまり縁がなさそうなのですが。w
ところで、いま記事でご紹介されている「飛んでる女性カメラマン」、めちゃくちゃ面白いですね。彼女のサイトを、長々と見てしまいました。クラシックバレーをやられていたものか、身体がフワフワと柔らかそうです。中には、どうやって撮影したんだろう?・・・と思われる作品もありますね。駅員が、呆れながら(たぶん)見ている写真には笑いました。^^;
by ChinchikoPapa (2011-11-25 19:42) 

ChinchikoPapa

kiyoさん、コメントとnice!をありがとうございます。
わたしは、特に背が高いわけではなく、高くもなく低くもない中背です。お会いする方は、よほど背が低いと思われていたのかもしれませんね。ww
このところの吉祥寺の写真を拝見してますと、この街を歩きたくなりますね。その昔、吉祥寺にはJAZZ喫茶がけっこうあったのですが、いまはどうなったのでしょう。あまり歩かない街になってしまいました。
by ChinchikoPapa (2011-11-25 19:47) 

ChinchikoPapa

ももなーおさん、わざわざコメントをありがとうございます。
先日、ある方に「仕事がなければ、もっと調べられるのですが」・・・と言ったら、「辞めちゃえば」とひと言。うーーん、どうやって生活したらいいんでしょ。^^; まだまだ、中途半端かつ取材不足ばかりで、もどかしい思いをしている記事が多いんですよ。
☆印は3つありますが、いちばん上の☆は低層マンションです。2番目の☆印は、社員寮として使われているとうかがったマンションです。いちばん下、3番目の☆印は、テラスハウス風のおしゃれなマンションです。要するに、みんなマンションです。(汗)
by ChinchikoPapa (2011-11-25 19:55) 

ChinchikoPapa

ものたがひさん、わざわざコメントをありがとうございます。
そうなんですね。できれば、緑を伐らずに再建築していただければいいのですが・・・。そうでした、御留山の北斗七星礎石、わたしの感じる「気配」からしますと、いまの位置から動かさないでくれるといいのですが。
by ChinchikoPapa (2011-11-25 19:58) 

ChinchikoPapa

すみません、書き忘れました。nice!をありがとうございました。>ものたがひさん
by ChinchikoPapa (2011-11-25 19:59) 

ChinchikoPapa

Nylaicanaiさん、思わず嬉しくなるシャレたコメントをありがとうございます。
もうすぐ、富士山頂へ陽が沈みはじめますね。
風邪、くれぐれもおだいじに!
by ChinchikoPapa (2011-11-25 20:02) 

ChinchikoPapa

日立中央研究所にある野川の湧水池が、勉と道子が周りを「(恋に)囲まれた」と感じた場所ですね。また、今年も仕事で行きそびれてしまいました。nice!をありがとうございました。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2011-11-25 20:06) 

opal

止~めた!の文字に過剰反応!!
ビックリしましたが、ホッ!ブログタイトルのことだったのですね。

その中にいた時には、何とも思っていなかった育った街の風景。
今思うと写真に撮っておけば良かったのにと残念です。
昭和の匂いの残っていた実家辺りは、すっかりマンション街になりました。

お名前の元々はお子さんだったのですね。どういうところからかな?とは思ってましたが、馴染んでいたせいか改名はちょっと淋しい?
by opal (2011-11-25 20:10) 

ChinchikoPapa

毎回、傍聴が抽選ということは、それだけ注目を集めているのですね。
nice!をありがとうございました。>siroyagi2さん
by ChinchikoPapa (2011-11-25 20:13) 

ChinchikoPapa

opalさん、ごていねいにコメントをありがとうございます。
すみません、お騒がせいたしました。<(_ _)> ハンドルネームは、Chinchiko Papaのままですし、なによりもドメイン(URL)は「chinchiko.blog」のままですので、お好きな名称でお呼びください。^^
ほんとに、その中で生活していると、なんとも思わないで見すごしてしまった、あるいは記録に残さずゆっくり眺めなかった風景がたくさんありますね。大正の香りは、戦災であらかた消えてしまいましたが(70年代までは、それでも色濃く残っていたことに今さらながら気づきます)、昭和の匂いもどんどん薄れていきます。わたしも、いまのうちに下落合ばかりでなく、下町をたくさん歩いときたいですね。
by ChinchikoPapa (2011-11-25 20:29) 

ChinchikoPapa

三島で思い出しましたが、申請をすれば旧陸軍士官学校の一部を見せてくれるそうですので、今度ぜひ見学したいと思っています。nice!をありがとうございました。>ぼんぼちぼちぼちさん
by ChinchikoPapa (2011-11-25 20:36) 

銀鏡反応

サブタイトルを観て、ドッキリしました。え!このブログをやめられるのだろうか?と、本気で思ってしまいました。

私もブログを始めて6年と少しです。そろそろ自分自身もストレージの容量を木にしなくてはならないのかなと思います。

それにしてもお名前の由来が、カフェのノートに書かれていたペンネーム
(ハンドルネーム)からきていたとは…。
by 銀鏡反応 (2011-11-25 21:21) 

ChinchikoPapa

銀鏡反応さん、わざわざコメントとnice!をありがとうございます。
お騒がせして、すみません。^^;
無料は1GBまでですが、有料契約すれば10GBまで・・・ということのようですね。でも、わざわざおカネを払ってまで、このようなサイトをつづけるのも「なんだかなぁ」という気がします。
ただ、大きな画像をアップロードしないこのようなブログですと、1GBというのは案外使いでのあるものですね。丸7年間も、よくもったものです。So-netブログのスタート時は、確か数百MBだったと思いますから、また近いうちに無料のストレージを追加で解放してくれるとありがたいのですが。大容量データをジッと我慢して、それを密かに待ってたりして・・・。w
by ChinchikoPapa (2011-11-25 22:14) 

NO14Ruggerman

1973年9月15日(土)・・氷川神社のお祭りを楽しんでから夜友達とおとめ山へ探検にでかけたがつまらなかったので下落合公園に行ってみたら盆踊りをやっていて面白かった・・最近下落合の実家で見つけた中学時代に記していた日記のくだりです。でも残念なことに当時「さよなら今日は」の存在は知らなかったしロケにも出会いませんでした(>_<)
by NO14Ruggerman (2011-11-25 23:58) 

ChinchikoPapa

「げんき人」でのご出演、おめでとうございます。^^ わたしは最近、仕事がバタついてちょっと疲れ気味で、いまいち元気が出ません。nice!をありがとうございました。>opas10さん
by ChinchikoPapa (2011-11-26 00:00) 

ChinchikoPapa

明治期のトンネルやガードは、ほとんどが煉瓦造りですね。行かれたトンネルは、やはりイギリス積みでしょうか。nice!をありがとうございました。>NO14Ruggermanさん
by ChinchikoPapa (2011-11-26 01:04) 

ChinchikoPapa

NO14Ruggermanさん、nice!のお礼と前後してしまいました。コメントをありがとうございます。
おそらく、いちばん見物人の少ない平日の昼間に、下落合のあちこちでロケをしていたと思いますので、きっと学校や職場へ通っていたりすると、ほとんど見られなかったのではないかと思います。
わたしが印象に残っているのは、相馬坂といずれかの踏み切り、リンゴが転がり落ちるどこかの坂道、高田馬場あたりと思われる商店街、氷川社などです。でも、遠い記憶ですので、もっといろいろなところで撮影されていたのかもしれません。73年現在の下落合の映像、もう一度見てみたいですね。
by ChinchikoPapa (2011-11-26 01:10) 

NO14Ruggerman

「保存再生委員会」発行の活動レポート(現地で300円払って購入w)によりますと、Papaさんご指摘の通り路床から側壁部を「イギリス積み」、
トンネル内部の上半分はアールの施工しやすい「長手積み」だそうです。

また6号トンネルは地質が特にもろかったため、トンネル入口の強度を高めるアーチ状の迫石(せりいし・ここではレンガ状)は4~5重巻きが主流であるところ7重の巻き立てが施されており、全国でもここだけでないかと考えられているそうです。
by NO14Ruggerman (2011-11-26 11:29) 

kako

あれ? Papaさん、どうなさいました?
by kako (2011-11-26 13:39) 

かあちゃん

あ~、Chinchikoファンとしてはちょっと残念です^^;;
それにしても、それにしても
もう8年目なんですね。驚きです@@
ブログはずっとお続けくださいね。唯一、長文の日本語に触れられる場所ですので^^
ところで、写真の風景は、お店の近くの高級住宅街付近の様子にとてもよく似ています。いつの日か見学にいらしてくださいませ♪
by かあちゃん (2011-11-26 18:02) 

ChinchikoPapa

NO14Ruggermanさん、重ねてコメントをありがとうございます。
大正末から昭和にかけて、レンガ積みのトンネルやガードが次々とコンクリート構造にリニューアルされていきますから、できた当初のレンガ積みを残すトンネルはいまや非常に貴重ですね。
下落合周辺では、唯一残る神田川の鉄橋ガード(東側)のレンガ積み(イギリス積み)ですが、西側はすでにコンクリート化されていますので、たぶん次の整備時には消えてしまうのではないかと思います。
迫石の7重巻きというの、見てみたいですね。
by ChinchikoPapa (2011-11-26 19:56) 

sig

こんばんは。見出しを見てビックリして飛んできましたが、ああよかった。
ブログ満7年、おめでとうございます。そんな私も振り返ってみると今年いっぱいで満4年。ホントに早いものです。今700Mなので、あと300でやめるつもりですが、papaさんにはずいぶん教わり、励まされてきました。papaさんの場合はネタが有り余っているのですから、継続されることが自然の成り行きですね。
by sig (2011-11-26 20:04) 

ChinchikoPapa

食べ物にはガンコですので、「ひつまぶし」というのは一度も口にしたことはないのですが、こうしてみると美味そうですね。w nice!をありがとうございました。>da-kuraさん
by ChinchikoPapa (2011-11-26 20:24) 

ChinchikoPapa

つい、Prestige7105の懐かしい「Violets for Your Furs」を聴いてしまいました。このアルバムを買ったのは、大学2年のときでした。nice!をありがとうございました。>mwainfoさん
by ChinchikoPapa (2011-11-26 20:32) 

ChinchikoPapa

kakoさん、コメントをありがとうございます。
別にどうもしていませんので、ご安心ください。^^ 特に女性の方が「あのブログ」と、なかなか名前を呼びづらいようですし、わたしも7年間つづけたネーミングで少し飽きましたので、ちょっと気分を変えてみました。w
by ChinchikoPapa (2011-11-26 20:34) 

ChinchikoPapa

かあちゃんさん、コメントをありがとうございます。
そして、いつもお疲れさまです。大繁盛、なによりです。^^ 丸7年というと、子どもたちは大きくなるわけですね。
住宅のデザインですが、まさにおっしゃる通りで、下落合の大正期からつづく住宅街は米国デザインが圧倒的に多いですね。目白文化村もアメリカ風なら、近衛町に多かった住宅の多くも、文字どおり「あめりか屋」が建築しています。スペイン風の邸宅も見かけますが、米国(のおそらく西海岸)で一度消化されたデザインとしてのスパニッシュ建築なんですよね。
お店近くの住宅街を、ぜひ散歩してみたいです。おそらく、こちらの邸宅にそっくりな家(こちらが真似てるのだから逆ですがw)が、たくさん建っているんじゃないかと思います。日本は棕櫚ですが、ロスアンゼルスはソテツがおおいでしょうか。w
by ChinchikoPapa (2011-11-26 20:43) 

fumiko

マンション紛争のご相談をして約1年、
一昨日弁護士さんところに行き、100%満足ではないものの、
ケリがついたことを報告してきました。
ChinchikoPapaさんから落合道人さんへのタイムリーな変更
思い出深い変更になった感じです♪

by fumiko (2011-11-26 20:55) 

ChinchikoPapa

sigさん、ごていねいなコメントとnice!をありがとうございます。
sigさんのサイトは、動画を扱うことが多いでしょうから、容量の面でたいへんなご苦労がおありかと思います。スチールがメインの当サイトでは、そういう心配はあまりないのですが、それでも7年もつづけてますと、あと残りはどれぐらい?・・・と気になり出しますね。
わたしのほうこそ、sigさんのサイトで映画についての知らないことを、たくさん学ばせていただいてます。「別館」の次は、ぜひ「第1分館」を設置して、つづけて映画の面白いお話をお聞かせください。
銀座から日本橋への散策記事も、わたしの大好きな散歩コースのひとつですので、たいへん楽しみに拝読しています。親にはいっぺんでいいから、昔の東京駅の姿が復活するのを見せてやりたかったですね。
by ChinchikoPapa (2011-11-26 23:56) 

ChinchikoPapa

fumikoさん、わざわざコメントとnice!をありがとうございます。
なんだか、アッという間に時が過ぎていくのは、歳をとった証拠でしょうか。fumikoさんから初めてコメントをいただいたのは、ついこの間のような気がします。こちらのタヌキの森では、相変わらず新宿区と建設業者との間で、責任のなすり合いと非生産的な水掛け論の訴訟がつづいています。早い時期に決着して、ほんとうによかったですね。
いつもワインの話、たのしく拝見しています。10周年になったら、いただいた貴重なワインを飲みたいと思っています。^^/
by ChinchikoPapa (2011-11-27 00:06) 

ChinchikoPapa

いつも、ご訪問とnice!をありがとうございます。>マチャさん
by ChinchikoPapa (2011-11-27 00:08) 

sig

こんばんは。
新橋-銀座-京橋-日本橋の記事は、「昭和~平成 往ったり来たり」のカテゴリー名の通り、昔を思い出しながら今を歩いているだけのもので、歴史や地誌に詳しいChinchikoさんのような深みのあるものは書けません。次回は日本橋の予定ですが、ご笑覧ください。
by sig (2011-11-27 17:01) 

ChinchikoPapa

sigさん、重ねてコメントをありがとうございます。
いえ、sigさんが歩かれたころは、わたしは意識的に同地域を眺めていませんので、知らないことがたくさんあるんじゃないかと思います。ぜひ、当時の街の様子をご教示ください。
それから、もしフィルムセンターで戦前に制作されたホームドラマの映画をご覧になり、なんとなく東京郊外らしい西洋館が多く建つ住宅街が登場するシーンがありましたら、こちらもお教えください。w 夏川静江が出ていましたら、おそらく間違いなく下落合の情景です。^^
by ChinchikoPapa (2011-11-27 22:16) 

ChinchikoPapa

色とりどりのテントの光が、幻想的ですね。それにしても、ものすごい数です。nice!をありがとうございました。>ryo1216さん
by ChinchikoPapa (2011-11-27 22:18) 

ChinchikoPapa

家電の故障ドミノというのが、確かにありますね。ひとつ調子が悪くなると、つづけておかしくなる製品が出てきます。nice!をありがとうございました。>あんぱんち〜さん
by ChinchikoPapa (2011-11-27 22:23) 

ChinchikoPapa

どことなくフロックコートを着た頑固な老人に見えますね、アフリカハゲコウ。w nice!をありがとうございました。>kakasisannpoさん
by ChinchikoPapa (2011-11-27 22:25) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>アヨアン・イゴカーさん
by ChinchikoPapa (2011-11-28 16:09) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>nikiさん
by ChinchikoPapa (2011-11-28 16:28) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>hanamuraさん
by ChinchikoPapa (2011-11-28 23:57) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>うたぞーさん
by ChinchikoPapa (2011-11-29 19:00) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>タッチおじさん
by ChinchikoPapa (2011-11-30 16:29) 

ナカムラ

経緯わかりました。

私も文学研究者の尾形明子さんに「もっとご年配の方かと思っていました」と言われました。時代のある話題をするとそう思われるようですね。

学生時代、福島泰樹さんの家に泊まったことがありますよ。
by ナカムラ (2011-12-04 11:39) 

ChinchikoPapa

ナカムラさん、コメントとnice!をありがとうございます。
なんとなく、爺臭い文章になっているのかな・・・と、ちょっと反省しているところです。w
福島泰樹氏の家というと、お寺でしょうか? そのころは、龍氏と組んで短歌を詠じる活動を各地で開催してて、「曇天」というレコードまで出してたころですよね。「曇天」は書店で扱っていて、当時は池袋の芳林堂まで出かけて手に入れた記憶があります。
by ChinchikoPapa (2011-12-04 18:39) 

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