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80年たって逆転した「防犯常識」。 [気になる下落合]

第一文化村I邸.jpg
 5年ほど前だろうか、うちの隣家に空き巣が入った。窓を外したり窓ガラスを破ったりしたのではなく、玄関のカギをこじあけて入る、いわゆるピッキングによる空き巣の被害だった。堂々と正面玄関のカギをこじ開けているのに、うちも含めご近所の家々ではまったく気づかなかった。また、2年ほど前に下のオスガキが、2軒先のお婆さんが玄関先で倒れているのを救出したことがある。玄関のドアを開けたとたんに転び、腕を骨折して起き上がれなくなり、数時間そのままの状態でいたらしい。すぐ前の雑司ヶ谷道(新井薬師道)は、人が頻繁に通る道なのにずっと気づかれなかった。かすかな声を聞きつけたオスガキが門内へ入り、ようやく救急車を呼んだのだ。
 空き巣が入っても、人が倒れていても気づかれなかったふたつの住宅に共通するのは、門があって家屋が大谷石あるいはコンクリートの塀で囲まれていたことだ。だから、道路側から邸内の様子がよくわからず、そこに人が隠れていても倒れていても気づかれにくい。警察官によれば、建物を大きな門や高い塀で囲んだ住宅は、防犯上からみれば一見安全なように見えるけれど、実は現代ではもっともリスクの高い家屋の構造・・・ということになるのだそうだ。確かに、大きな物音や声がしない限り、中でなにが起きているのか周囲からはうかがい知れない。
第一文化村W邸.JPG 第二文化村A邸.JPG
 大正中期、門を簡素にして住宅の周囲には塀をめぐらさず、せいぜい低い垣根か生け垣にしてオープンなスペースを大切にしよう・・・というムーブメントが起きた。その代表的な建築事例が、下落合の目白文化村Click!に建てられた邸宅群だ。多くの邸では、家の周囲に高い塀を築かず、低い木製の垣根か生け垣、あるいは高さ80cmほどの大谷石による装飾塀が造られていった。だから、通り沿いを歩いても窮屈な感じがせず、明るくて広い開放的なイメージが街全体を包んでいた。それまでは、家を建てたらできるだけ立派な門と塀とで建物を囲むことが防犯には効果的であり、一種のステータスだと考えられていた時代に、この新しい考え方は従来の常識を180度ひっくり返した、文字通り“革命的”な主張だったろう。1924年(大正14)に発行された『主婦之友』4月号に掲載の「中流住宅に相応しい門の研究」から、新しい住宅建築に関する記事を引用してみよう。
  
 私共の門に対する要求は、在来の人の考へてゐたやうなのとは、全然異つた途に出発しなければならぬのであります。従来の人は門牆を以て外敵防禦の唯一手段ともしました。自家の生活を表示する誇張的看板ともしました。従つてその目的に適ふやうに、徒らに高いものを選びました。頑丈なものを選びました。贅沢なものを選びました。数千金を投じた丈餘の御影の磨きに、鉄扉を配して世人を威嚇しました。そして釘を植ゑたり硝子の破片を植ゑたりして、蟻の這入む隙もないやうな防禦工事に苦心しました。今日なほさうした隔世の門牆が到るところで見られるのは、滑稽でもありまたお気の毒にも存じますが、人を見て泥棒と思への排他的思想が瀰漫してゐる国民には、これも已むを得ないことゝ存じます。/私共はこんな監獄みたいな悪趣味の埒を脱して、もつと感じのよい、もつと芸術的な、そしてもつと社交的な門牆を選びたいと思ひます。
  
理想門塀1.jpg 理想門塀2.jpg
理想門塀3.jpg 理想門塀4.jpg
 この記事を読むと、周囲を威嚇し人々の訪問を拒む排他的な考え方のもと、屋敷の中に“引きこもり”するような大層な門や高い塀を築くのをやめ、家全体の構造を社交的かつオープン志向にして、もっと文化的で経済的な生活を送ろうよ・・・というのが趣旨だったようだ。記事では、門や塀の上に釘やガラス片を植えたりする家々の住民を、「人を見て泥棒と思へ」という考えに取り憑かれた、「滑稽」であり「お気の毒」な人たちだと揶揄している。でも、それが80年余後の今日では、まったく事情が逆転してしまい、通行人や近所の眼がとどかない高い門や塀の造作は、防犯上からも安全性からも第一に避けなければならない家づくりのテーマとなってしまったのだ。
 同記事には、理想的な門塀として目白文化村のK邸Click!の門扉のない低いライト風の門を紹介している箇所がある。同記事から引用してみよう。
  
 特殊の煉瓦と大谷石とを種々の形に組み合せて、複雑な形になつてゐます。家もごく低い二階建で、ライト式の帝国ホテルを思はせる建築でありますが、門も同様の感じがします。この家とこの門とは非常によく調和して、何人もその門前では立止まらずに通り過ぎることができないくらゐであります。非常に低い門で門扉はついてゐません。
  
第一文化村K邸.jpg 第一文化村飾り塀.JPG
 空き巣に入られた隣家では、それから生け垣の枝葉をできるだけ梳いて、道路側から玄関や居間が見えるように庭先を工夫している。でも、塀の高さはもとのままなので、人が入りこんで腰をかがめたら、塀の上から中をのぞきこまない限り見えない。それを補うために、庭先へ玉砂利を敷かれているのだが、わたしの家でも“防犯砂利”を買ってきて、さっそく家の周囲にまいてみた。
 軽い砂岩製なのだろう、踏むとビックリするほど大きな音がするので、人が歩けばすぐにわかるのだけれど、その上にケヤキの落ち葉が降りそそぐと、掃除するのがほとほとやっかいなのだ。

■写真上:第一文化村に建てられたⅠ邸の、玄関先から眺めた応接間と庭。道路側との境は、人の背より低い生け垣のみで、オープン志向の目白文化村の風情をよくいまに伝えている。
■写真中上は、同じく第一文化村のW邸の白い垣根。は、第二文化村のA邸の竹垣。いずれも道路側から邸の様子がよくわかり、開放的な文化村のイメージにピッタリの造作だけれど、今日の目から見れば防犯上でも優れた住宅設計ということになってしまう。
■写真中下:1924年(大正13)の『主婦之友』4月号に掲載された、理想的な門塀いろいろ。
■写真下は、第一文化村にあるK邸のライト風の門で現存している。は、第一文化村の西端に残る大谷石の飾り塀で、高さは80cmほどしかなく装飾的な意味合いが強い。
 


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sig

こんにちは。
目白文化村の先見の明はすばらしいですね。
高い塀の上にガラスの破片などまであしらったら、ほんとに自分自身が監獄の中に住んでいるようなものですからね。
私も3年前に家を建てる際、垣根や塀は要らないと主張したのですが(実は予算がないからということもあって)、家内に押し切られて、家の中が外から見えないようにと高い木々で目隠しされてしまいました。これなど、高い塀ではないというだけで、上記の話と変わりないですものね。(自嘲)
by sig (2008-12-06 10:23) 

ChinchikoPapa

わたしの場合、デューク・ピアソンへののめりこみは、どこかソニー・クリスへのそれに似ていました。nice!をありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2008-12-06 12:51) 

ChinchikoPapa

木組みの抵抗関節による、地震や台風の揺れ吸収というのはすごい知恵ですね。nice!をありがとうございました。>一真さん
by ChinchikoPapa (2008-12-06 12:55) 

ChinchikoPapa

sigさん、コメントとnice!をありがとうございました。
最近、うちの界隈で建てられる家々も、門や塀がなく道路からそのまま玄関へと向かえる、米国スタイルのデザインが目立ちますね。流行りもあるのでしょうが、やはりベースにある考え方は、今日的な防犯と安全性ではないかと思います。
そのかわり、玄関のカギを複数つけている家が目立ちますね。うちもカギが3つついていて開けるのが面倒なのですが、万が一ピッキングで入ろうとしてもちょっと手間取るでしょうから、その間に近所の誰かの目に触れるのでは・・・という「期待」があります。でも、夜間だとその数分間でさえ目立たないでしょうから、センサーでライトが点くようにしていますけれど、プロの泥棒だったらそれも難なく突破するのでしょうね。
by ChinchikoPapa (2008-12-06 13:15) 

ChinchikoPapa

天ぷらは目の前で揚げたものをすぐに食べたいので、ガスコンロを出してテーブルで試したことがありますが、温度がうまく上がらず周囲が油だらけになりうまくいきませんでした。nice!をありがとうございました。>まるまるさん
by ChinchikoPapa (2008-12-07 21:41) 

ChinchikoPapa

いつもリンク先まで、ごていねいにnice!をありがとうございます。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2009-10-08 12:48) 

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