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エロシェンコとエロシェンコの違い。 [気になる下落合]

エロシェンコ氏の像.jpg 盲目のエロシェンコ.jpg
 東京国立近代美術館で、中村彝『エロシェンコ氏の像』と鶴田吾郎の『盲目のエロシェンコ』が並べて展示された、「2点の《エロシェンコ》競演!」を観てきた。東京近美の所蔵作品を展示する「近代日本の美術」の一環で、2009年1月12日まで開かれている。もちろん、鶴田吾郎『盲目のエロシェンコ』のほうは新宿中村屋Click!の所蔵で、東京近美の所蔵品ではない。中村彝Click!アトリエClick!で競作された両作品が、顔を合わせるのはめずらしい。
 2作品とも、1920年(大正9)9月9日から9月16日までの1週間かけて、下落合の中村彝アトリエで彝と鶴田吾郎によって制作Click!されたものだ。また、新宿中村屋からもう1点、1914年(大正3)に中村屋の長女である相馬俊子Click!を描いた『小女(少女)』が展示されている。さらに、あまり見かけることのない、1912年(明治45)ごろに描かれた『自画像』(個人蔵?)も出展されていた。わたしは、『自画像』が東京近美の所蔵品の1点だと勘違いしてさっそく撮影したのだけれど、係員から「これは当館の所蔵品ではないので、撮影禁止なんです」と注意されてしまった。
 さて、改めて中村彝『エロシェンコ氏の像』と鶴田吾郎の『盲目のエロシェンコ』を並べて比較すると、同時に同一人物を同じアトリエ空間で描いているにもかかわらず、ずいぶん異なる点があるのに気がつく。エロシェンコの毛髪が両作品でずいぶん違う点は、前々からよく指摘されている。彝が描いた髪型が「爆発」しているのに対し、鶴田のほうはクセのある髪にちゃんと櫛が入れられセットされている。(上掲写真の赤い矢印) もちろん、当時のエロシェンコの写真Click!を見ると、鶴田の描いたほうが実物に近い。でも、その他の違いについては、中村彝および鶴田吾郎の関連資料や図録でも、これまでほとんど触れられていない点だ。
 まず、同時にエロシェンコClick!を描いているにもかかわらず、彝のエロシェンコと鶴田のエロシェンコとでは服装が違う。両作の画面を、よく見比べていただきたい。おそらくルバシカを着ていると思われるエロシェンコだが、彝のエロシェンコがルバシカの下に同色のアンダーウェアを着ているのに対して、鶴田のエロシェンコはルバシカの下に胸が見えていて素肌のままだ。(緑の矢印)
エロシェンコ髪1.jpg エロシェンコ髪2.jpg
エロシェンコ襟元1.jpg エロシェンコ襟元2.jpg
 ふつうに考えれば、描かれた時期が9月初旬から中旬なので、日本の暑さにはことさら弱いロシア人が、この時期に下着を着ていたとは考えにくい。緑が濃い林泉園Click!からは、まだ盛んにセミの声が聞こえていたはずだ。あるいは考えにくいことだけれど、1週間のうちに肌寒い日があって、エロシェンコ自身が下着を着てきた日があったのだろうか? ただし、画家のモデルをつとめるには、同じポーズに同じコスチュームが原則なので、もし異なる服装をしてきたらアトリエで着替えるよう(脱ぐよう)指示されるのが常だろう。1920年(大正9)の9月9日から16日までの東京気象台の気象記録を調べてみると、雨が降ったのは10日と11日(熱帯低気圧の影響だろうか?)、小雨が15日、残りの日はすべて快晴か晴れだ。温度・湿度ともに高く、相当蒸し暑かったに違いない。
 両作の相違はまだある。エロシェンコはソファに座ってモデルをつとめているが、そのソファの背もたれの高さが両作で違う。(黄の矢印) 彝のエロシェンコは首のうしろぐらいの高さだが、鶴田のエロシェンコは後頭部の中ほどまでの高さがある。当時の彝アトリエに置かれ、モデルを座らせていたソファClick!を見ると、背もたれは首のうしろぐらいの高さになると思われるので、鶴田のエロシェンコのほうが実際よりも高く描かれている可能性がある。きっと、背後の単調な壁の面積を減らすため、鶴田はソファの背もたれを高くしたのではないか。
 同様に、彝のエロシェンコの壁にも不可解な描き込みが見えている。向かって右手の壁に描かれているのは、アトリエ東側の壁にうがたれたClick!の下端(両作の光線の状態からおそらく鎧戸は閉められている)だと思われるが、問題は左手の壁面だ。やはり、単調な壁面描写を嫌ったのか、明らかになにかを描きかけて途中でやめている筆跡が見えている。(白い矢印) その形状や様子から、彝アトリエ内部の壁面にめぐらされた、腰高の板壁を描こうとしていたのではないだろうか? ところが、彝アトリエの板壁は80cmほどの高さであり、ソファにモデルが腰かけてもこの位置に板壁が見えるとは思えない。それは、実際のアトリエのみでなく、当時の写真に残された壁の状態を見ても、腰高の板壁上部がソファの背もたれのやや下か、背もたれの上部とほぼ同じ高さにきていることからもうかがえる。
エロシェンコ背もたれ1.jpg エロシェンコ背もたれ2.jpg
エロシェンコ腰高板1.jpg エロシェンコ腰高板2.JPG
 ふたりの画家が同じ人物を同時に描いても、これだけ違って「見えてしまう」のだ。これはわたしの想像だが、おそらく現実のシチュエーションを比較的忠実に写しとっているのは、ソファの高さを調節してはいるものの鶴田吾郎『盲目のエロシェンコ』のほうで、中村彝『エロシェンコ氏の像』のほうは、多分に画面上の“構成”が含まれているように思う。「爆発」するヘアスタイルも、ルバシカの襟元に見えている同色の「下着」も、描きかけて中途でやめているアトリエ東側壁面の板壁も、彝が画面を組み立てるうえで産みだした、架空の想像物ではないだろうか。画面の構成にことさらこだわった様子の見える他の作品Click!を見ても、そんな気が強くするのだ。

■写真上:中村彝『エロシェンコ氏の像』()と鶴田吾郎『盲目のエロシェンコ』()の相違点。
■写真中は、ヘアスタイルの違い。実際のエロシェンコの髪型は鶴田作のほうだ。は、ルバシカの襟元の違い。夏が終ったばかりで、暑がりのロシア人が下着を着ていたとは思えない。
■写真下は、ソファの背もたれの高さの違い。彝アトリエに置かれていた実際のソファは、座ると背もたれが首のうしろぐらいにくる。下左は、描きかけてやめている中村彝の画面に残された腰高の板壁上部と思われるかたち。下右は、実際に彝アトリエに残る腰高の板壁の現状。


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コメント 7

ChinchikoPapa

マイルス・コンボのasというとキャノンボールのほうが“派手”ですが、実はジャッキーのほうが“重要”な存在ですね。『Dig』は、LPが擦り切れるほど聴いた1枚です、nice!をありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2008-11-16 14:12) 

ChinchikoPapa

ケヤキというと、近所のあちこちに生えているのでありふれた樹のように感じてしまうのですが、木彫にすると木目が美しいのですね。nice!をありがとうございました。>一真さん
by ChinchikoPapa (2008-11-16 14:17) 

sig

こんにちは。
相変わらず推理が冴えていますね。絵画の楽しみ方の片鱗をうかがった感じがします。私には、髪や襟元はともかく、同じ人物ということが一見して分かるほどよく似ているな、という感じでした。顔つきや表情には誇張や脚色はないように思えるのですが・・・。
by sig (2008-11-16 14:19) 

ChinchikoPapa

エンジェルトランペットは強烈な匂いがするので、すぐに咲いているのがわかりますね。nice!をありがとうございました。>takemoviesさん
by ChinchikoPapa (2008-11-16 17:33) 

ChinchikoPapa

sigさん、コメントをありがとうございます。
顔つきや表情は、両作ともよく似ていますね。彝の左目が少し開き加減に描かれているのに対し、鶴田の左目は固く閉じられている点が異なるぐらいでしょうか。でも、髪型の違い以外は、別々に観ていたのでは案外気づかず、両作を並べて間近で観察しなければ、なかなか気づかない相違でした。
by ChinchikoPapa (2008-11-16 17:44) 

ChinchikoPapa

風景が日々刻々と変化していくこの季節は美しいですね、大好きです。
nice!をありがとうございました。>takagakiさん
by ChinchikoPapa (2008-11-17 10:27) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2011-07-19 18:14) 

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