So-net無料ブログ作成
検索選択

ヒコーキ兄さんの研究はつづく。 [気になる下落合]

ダグラスDC-3.jpg
 大正の末ごろ、目白文化村Click!の第一文化村西端にあった児童遊園地へ、寄宿先の島津邸Click!から飛行機の模型を手にしながらやってきて、近所の子供たちに親しまれた「ヒコーキ兄さん」こと木村秀政Click!は、その後、帝国大学航空研究所へ入所すると、さらに飛行機の啓蒙活動をつづけていた。戦後、日本初の国産旅客機YS-11を産みだすことになる彼は、飛行機が好きで好きでたまらなかったのだろう。
 今度は、近所の子供たちではなく主婦たちが相手だ。1935年(昭和10)に発行された『主婦之友』11月号から、木村の文章を引用してみよう。
  
 巡航速度僅かに一八〇粁/時、客室まで何となく油臭い感じのする旧式な輸送機が今尚幅を利かしてゐる我が国の定期航空路にも、この十月一日から近代的な英国製エアスピードエンヴオイ機が加はり、更に近い中に、現在世界最新最優と定評のある米国製ダグラス機(略)も就航を見る筈である。ダグラス機は乗客十四人乗、客室には防音装置を施してあるから楽に会話も出来、ゆつたりとした革張りの椅子に窓外の風景を賞しながら、時速三〇〇粁(東京、大阪間一時間半の割)の快適な空の旅が出来る。 (同誌「空界四題」より)
  
 この文章から、当時の旅客機の様子がうかがえる。機内は油臭く、エンジンの騒音で満足に会話もできなかったようだ。しかも、最新鋭の旅客機ダグラスDC-3でさえ、就航当初は座席数がわずか10人台だった。
搭乗ロビー.jpg 格納庫.jpg
空港.jpg 搭乗.jpg
 木村がこの文章を書いていたころ、世界各地では旅客機の長距離航路が開拓されつつあった。ヨーロッパでは大西洋航路が、米国では太平洋横断航路がようやく現実味を帯びてきた時代だ。太平洋では、カリフォルニア-ハワイ-ミッドウェイ、さらにカリフォルニアからフィリピンへと、島づたいに長距離を飛ぶ航空路も実現間近な時期にあたる。そのため、各国はより長距離を飛べる大型機の研究に力を注ぎ、特に米国、イギリス、フランス、ドイツが開発競争を繰り広げていた。
  
 飛行機の発達に理論的な研究が必要なことは、いふまでもない。その研究法も、次第に大がゝりになり、(F図)の如く実物の飛行機に風を当てゝ研究する大風洞が最近英国で完成した。之は米国、仏国のものに次で世界第三の大風洞である。 (同上)
  
 各国は飛行実験を繰り返し、一度に大量の乗客をより速くより遠くへと運べる長距離機の開発にしのぎを削っていた。ちなみに、当時の海洋横断旅客機は、滑走路を利用する着陸型の飛行機ではなく、各国とも海への着水を前提とする大型飛行艇が主流だった。
風洞実験.jpg フランス飛行艇.jpg
 一方で、旅客機や輸送機、軍用機の用途とは別に、このころから小型機のフライトを趣味にする人たちも登場している。大型機開発とは正反対に、ひとり乗りで手軽に空の散歩を楽しめる、軽飛行機の開発もスタートしていた。
 木村が紹介しているのは、フランス人のミニエが発明してヨーロッパで大人気となっていた超小型機「プーデュシェル(空の虱)」と、ドイツのクロンフェルトが開発してドーバー海峡の横断に成功した、わずか5馬力エンジン搭載の滑空型小型機「ドローン」という2モデルだ。両機はいかにも小さく、少し訓練すれば、誰でも手軽に空の散歩を楽しめるというのが斬新なアイデアだった。
 『主婦之友』のレポートから3年後、1938年(昭和13)に長距離飛行の世界記録を樹立することになる、航空研究所の実験機「航研機」(敗戦時に軍用機とみなされ廃棄)の開発に参画していたであろう木村秀政は、各国で繰り広げられているこれら大型機の開発競争の様子を、ワクワクしながら追いつづけていたのだろう。
空の虱.jpg クロンフェルト.jpg
 特に、長距離旅客機をめぐる激しい開発競争を眺めながら、いつか日本でも優れた大型旅客機を開発したい・・・と考えていたにちがいない。その夢が実現するのは、太平洋戦争をはさんでおよそ30年後の1962年(昭和37)のことだった。

■写真上:1935年(昭和10)に、米国ダグラス社が開発して一世を風靡したDC-3。
■写真中上:1934年(昭和9)に、『婦人公論』5月号が特集した東京国際空港(羽田空港)。上左はフライトを待つ搭乗ロビー、上右は日本航空輸送の格納庫、下左は滑走路上の郵便機(手前)と旅客機(奧)、下右は6人乗り旅客機(大阪便)への搭乗。2時間半も、こ、これに乗るの?(爆!)
■写真中下は、イギリスの大風洞実験所。は、フランスの大西洋横断用の巨大飛行艇。
■写真下は、ヨーロッパで人気が沸騰した「プーデュシェル」こと「空の虱(しらみ)」。は、ドイツの滑空型小型機「ドローン」。手前に写っているのが、開発者のクロンフェルト本人。


読んだ!(7)  コメント(6)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

読んだ! 7

コメント 6

ChinchikoPapa

わたしも、「梅の香」を入れた焼酎を試してみたくなりました。
nice!をありがとうございました。>Krauseさん
by ChinchikoPapa (2008-05-04 23:20) 

ChinchikoPapa

風呂場で手作り納豆を作ったことがありました。その隣りに、天然酵母のパン生地が寝かしてあって、妙な眺めでしたね。nice!をありがとうございました。>納豆(710)な奇人さん
by ChinchikoPapa (2008-05-04 23:27) 

ChinchikoPapa

霞ヶ関を歩きますと、わけのわからない財団法人や社団法人のプレートがやたら目について腹が立ってきます。nice!をありがとうございました。>一真さん
by ChinchikoPapa (2008-05-04 23:37) 

ChinchikoPapa

近くの畑では、一昨日あたりから菖蒲が満開です。
nice!をありがとうございました。>sigさん
by ChinchikoPapa (2008-05-04 23:38) 

ChinchikoPapa

町内のオリジナル神輿づくり楽しそうですね。
nice!をありがとうございました。>takagakiさん
by ChinchikoPapa (2008-05-04 23:42) 

ChinchikoPapa

ランディ・ウェストンというと、ダラー・ブランドの隣りに整理する・・・というクセがついています。nice!をありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2008-05-05 18:58) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL:
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。