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「アビラ村」丘上から眺める大隈講堂。 [気になる下落合]

 以前、佐伯祐三の『下落合風景』Click!の1作、二ノ坂から見える遠景について記事Click!にしたことがある。そのとき、東京電燈谷村線(現・目白線)の目白変電所Click!と早稲田大学の大隈講堂が見えると書いた。地図や空中写真を、二ノ坂から佐伯が描いた方角へとたどっていくと、当時は高い建物などないその線上には、目白変電所をかすめて大隈講堂が見通せた・・・と解釈したのだ。それが事実見えていたことを、地形図を駆使してマイケルさんが詳しく実証してくださった。
 佐伯が描いた1926年(大正15)の秋、大隈講堂は建設のまっ最中のはずだ。大隈講堂が落成するのは、翌年の1927年(昭和2)10月20日のこと。つまり、佐伯が画面に描いてから、ほぼ1年後に完成することになる。その建設中の写真を探していたのだけれど、早大のWebサイトに掲載されているのをある方からお教えいただいた。建築中の講堂は養生で覆われておらず、とび職が縦横に歩きまわれるよう細かな足場が組まれている様子がわかる。
 
 時計塔のまん中を貫くように建てられている、まるで芯棒のようなクレーンの支柱が写っている。最後の仕上げで、時計塔の尖塔部分の装飾と、英国からとどくウェストミンスター寺院と同じ、ひとつ何トンもの重さがある4つの鐘(ベル)を吊り上げるための、当時の最先端クレーンだろう。この鐘の音は、風向きと周囲の静寂さによって、たまに下落合でもかすかに聞こえることがある。チャイムの機械音とは異なり、ナマの鐘の音だから遠くまで響くのかもしれない。秋艸堂の会津八一Click!は、かすかに聞こえてくる母校の夕暮れの鐘に、じっと耳を傾けていたものか。
 
 大隈講堂は、1922年(大正11)に大隈重信が没すると間もなく記念事業として建設が計画され、ようやく5年後に完成している。地上3階建てで、地下1階の総収容数1,435席と、当時としてはかなり大きなホールだったろう。時計塔の高さは、ちょうど125尺(37.9m)あり、これは大隈の「人生125歳説」にちなんでいるらしい。人間は、じょうずにすごせば125歳まで生きられる・・・と、大隈は生前から盛んに唱えていたようだけれど、そのはるか手前で本人は逝っているので、煩雑事や心配事が多く、彼はうまく生きられなかったのかもしれない。
 この「125」という数字にちなみ、昨年は創立125周年事業が盛大に行われたらしい。その際、大隈講堂への大規模な補修が行われた。外壁のタイルを全面的に貼りかえ、内部にもかなりの手が加えられたようだ。講堂の古いくすんだタイル壁を見馴れた人たちは、新しい壁面にしばらく馴染めないのではないか。壁面を補修するときに出た、1927年(昭和2)の古いタイルは大学によって売りに出され、なんとひとつ○万円の値がつけられていた。
 
 佐伯が描く、二ノ坂から見えた大隈講堂を拡大して観察すると、すでに鐘が納められたとみられる尖塔部までができあがっているのがわかる。つまり、1926年(大正15)の秋ごろまでに、4つの鐘は時計塔内に吊り下げられ、講堂の外観はほとんど完成していたことになる。尖塔の上に見える白っぽいものは、クレーンの支柱に張られた雨を防ぐ天幕だろうか? このときから落成するまで、まだ丸1年もかかったということは、講堂の内装にかなり手間ヒマをかけたのだろう。確かに大隈講堂の内部は、かなり凝った豪華な造りをしている。

■写真上:1926年(大正15)の秋に佐伯祐三が描いた、二ノ坂から眺める大隈講堂。
■写真中上は、建設中の大隈講堂。英国製の巨大な鐘を吊り上げた、大きなクレーンが目を惹く。は、1928年(昭和3)に撮られた完成直後の同講堂。右手の家は大隈邸(大隈会館)。
■写真中下は、2006年に撮影した補修工事直前の古い大隈講堂の姿。は、二ノ坂が通う丘陵とは反対側、神楽坂の赤城神社があるバッケ上から眺めた、1955年(昭和30)ごろの同講堂。時計塔の背後を左右に横切る、黒々とした線が目白・下落合方面の目白崖線。
■写真下は、旧・下落合4丁目(現・中井2丁目)一帯を「アビラ村」Click!と名づけたとみられる金山平三Click!が、1914~15年(大正3~4)ごろにスペインのアビラ村を描いた『城壁のある風景』。は、「わ~しじゃ。アビラ村はわしが付けたんじゃ~。それを東京土地がパクリおったんじゃ!」。
 


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コメント 5

ChinchikoPapa

takagakiさん、nice!をありがとうございました。
by ChinchikoPapa (2008-01-20 17:03) 

ChinchikoPapa

Krauseさん、nice!をありがとうございました。
by ChinchikoPapa (2008-01-20 17:03) 

ChinchikoPapa

一真さん、nice!をありがとうございました。
by ChinchikoPapa (2008-01-20 20:10) 

ChinchikoPapa

「よい文章を作る作業は、過去と未来をしっかり結び合わせる仕事にほかならない。もっといえば文章を綴ることで、わたしたちは歴史に参加するのである」、いい言葉ですね。肝に銘じたい言葉です。nice!をありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2008-01-20 23:35) 

ChinchikoPapa

komekitiさん、こちらにもnice!をありがとうございました。
by ChinchikoPapa (2008-01-22 23:46) 

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