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大正期には電燈線と電力線の違いがあった。 [気になる下落合]

 

 大正から昭和初期にかけ、各家庭への送電には電圧の異なる2種類の電線が引かれていた。それぞれ、電圧が低い電燈線と高い電力線だ。これを前提に考えないと、当時の家庭生活の実態を想像しにくい。いまでは、ひとくくりに「電気」あるいは「電線」と呼ばれているけれど、大正期には「電気がきている」といっても、電燈線と電力線の違いは思いのほか大きかった。単に電燈や照明を点けるだけなら電燈線のみでも済むのだが、電化製品を使用するのであれば電力線が引かれていなければならなかった。
 当時の課題は、電燈線しか引かれていない地域、つまり電圧の低い電線しか存在しない地方などで、いかに便利な暮らしを創造するかにあった。そこで、低電圧でも稼動する家電製品が次々と開発されることになる。もっとも切実なのは、台所や風呂場の水まわりだった。蛇口をひねれば水が出る水道のようなしくみの設備は、井戸水の汲み上げポンプがなければ実現できない。そこで1921年(大正10)前後に、電燈線の低電圧に対応した家庭用ポンプが発明されている。
 同様に電気レンジや電気冷蔵庫、電気オーブン、電気竈など、さまざまな家電が低電圧化を迫られることになる。これら低電圧用の電気製品は、もともと電燈線しか引かれていない地域向けとして開発され始めたのだけれど、電燈線と電力線がすみずみまで普及していた大都市圏でも、徐々に普及していくことになる。電圧が低い電燈線で、さまざまな家電製品が活用できれば、月々のランニングコストが低く抑えられるからだ。

 また、電力線に代わってガスの積極的な活用も行われた。たとえば、大正期のシステムキッチンにはガスレンジにガス釜、ガス七輪などに加え、氷または電気による冷蔵庫を装備した製品が見られる。大都市圏における、当時の一般的な台所の設備だろう。ところが、ガスが引かれていなかった地区、たとえば目白文化村では、電燈線と電力線をフルに活用する設備となった。システムキッチンにも、電気竈や電気レンジ、電気オーブンに電気冷蔵庫などがいち早く普及している。でも、ほとんどが国産ではなく海外製品だったため、もし壊れたりすると修理がたいへんだった。そしてなによりも、これらの家電製品はとてつもなく高価だったので、当時のいわゆる「中流」以上の家庭でなければとても買いそろえることはできなかった。
 目白・下落合地域を例にみると、目白駅周辺には早くからガスが引かれていたので、上掲のようなガスを主体にしたキッチン設備が多かっただろう。だが、目白文化村Click!アビラ村(芸術村)Click!では電気が主体だったため、台所設備には海外製の家電や電気調理器具が目立って普及していった。電気製品が主体のキッチンのほうが、今日の眼から見れば新しくて使いやすいように感じるけれど、ランニングコスト面から考えると目白駅周辺よりは、旧・下落合西部のほうがよほどたいへんだったろう。それに停電でもすれば、家庭内のほとんどの機能がマヒしてしまう。

 先日、面白い話を聞いた。オフィス向けに売られているIP電話のVoIPスイッチ(IP-PBX含む)では、Throughインターフェースを備えた製品が売れているという。なぜ、いまさらアナログの電話回線が必要なのかといえば、やはり万が一の停電時に対する備えなのだ。UPS(無停電電源装置)の限界はアッという間にやってくる。だから、電気に頼らずに電話回線を確保しておくという、企業の基本的なリスク管理のひとつなのだ。
 水道に加え、下落合のわが家では井戸を掘りたくなってきた。できれば手動ではなく、電燈線ぐらいの低電圧で汲み上げられる超小型ポンプがあればもっといい。目白崖線沿いなので、深く掘らなくても水脈へすぐにたどり着くにちがいない。「オール電化の家」が盛んに宣伝されているけれど、それは災害もアクシデントも恒久的に起きなければ便利だろう。でも、生活インフラはいくつかの選択肢をそろえておいたほうがよさそうだ。

■写真上は、大正初期の建築と思われる台所と配膳室。は、庭から眺めた台所の全面ガラス(大正硝子)張りの外観。ともに、下落合の某邸にて。
■写真中:1921年(大正10)ごろのシステムキッチンで、ガスが主体の設備例。「セト引の流しと冷蔵器と炊事台と食器具類の入れ場とを組合せた高等炊事室の一種で、台所を最も経済的に使用するに便利であります。これだけの器具が一畳敷の中に備付けられて十分に立働きができます」(1922年『主婦之友』9月号より)。
■写真下:「軽便自動家庭水道」と名づけられた、電燈線専用の低電圧給水ポンプ。
 


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komekiti

大正時代から電化製品て色々あったんですね!
最後の方の文章は考えさせられますね( > < ;)
僕の身の回りの電化製品を見るとぞっとします。
これが全部動かなくなるの?って
by komekiti (2007-11-13 14:43) 

ChinchikoPapa

ご評価いただき、いつも恐縮です。>takagakiさん
by ChinchikoPapa (2007-11-13 19:03) 

ChinchikoPapa

またまた、ありがとうございました。>takagakiさん
by ChinchikoPapa (2007-11-13 19:04) 

ChinchikoPapa

いつもお読みいただき、ありがとうございます。>一真さん
by ChinchikoPapa (2007-11-13 19:05) 

ChinchikoPapa

nice!をありがとうございます。>チャッピーさん
みごとな接写に、しばし見とれてしまいました。
by ChinchikoPapa (2007-11-13 19:08) 

ChinchikoPapa

komekitiさん、コメントをありがとうございます。
わたしも、大正期にこれだけ家電製品があったのか・・・と驚いています。ただ、一度壊れると、海外から部品を取り寄せたり、修理の専門技師がなかなかいなかったりと、メンテナンスがたいへんだったんじゃないかと思いますね。
電気レンジやガス七輪よりは、ちゃんと練炭七輪でサンマを焼いたほうが美味しそうなのですが・・・。(笑) nice!をありがとうございました。
by ChinchikoPapa (2007-11-13 19:12) 

ChinchikoPapa

デザイン屋さん、お読みいただきありがとうございます。
by ChinchikoPapa (2007-11-13 21:08) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2009-06-16 13:30) 

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