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「美しい」と周囲は簡単に言うけれど。 [気になる下落合]

 古い建物をうまくリフォームしながら、そのまま使いつづければ美しい街並みや景観が損なわれずに済む・・・などと、つい思いがちだ。かくいうわたしも、そんなことを気軽に考えていた。でも、周囲の想いとは裏腹に、住まわれている方々にとっては、とんでもない難題であり負担となっていることを、お話をうかがうたびに痛感する。
 考えてみれば、明治はもちろん大正や昭和初期の建築技術は、もはやフツーには残っていないのだ。あるいは、たとえ残っていたとしても、日本じゅうを探しまわらなければ見つからなかったりする。それでも、技術をもった職人に出会えれば幸運なのだが、今度は修繕に必要な当時の材料が見つからない。その時代に、建築で用いられたさまざまな部材や素材を、またしても日本じゅう探し求めることになる。板材1枚にはじまり、戸や扉、ノブ、天井材、窓ワク、鎧戸、ガラス、鍵、はては調度類に近いものまで、すでに滅びてしまった職人技のオンパレードだ。
 
 もし、運よく見つかったとしても、稀少品だからコストがやたらと高くつく。もちろん、職人の手間賃もべらぼーだ。つまり、ヘタに家の修繕をするよりは、すべて壊して新たに建ててしまったほうが、よほど安あがりだったりするのだ。「せっかく木ワクの美しい窓を、サッシにしてしまって。どうして、もう少し考えないのかなぁ」・・・なんて感想が、マト外れもはなはだしいことになったりする。住まわれている方にしてみれば、「じゃあだんじゃねえや、これと同(おんな)しもんが造作できる職人を、大正時代から連れてきやがれてんだ!」(そういうお宅にお住いの方が、こういう言葉をつかうとは到底思えないけど/笑)と怒りたくなるだろう。
 サッシにしてしまった窓を、残念がるのはたやすいが、建築当初の姿のまま美しい状態で維持していくのは、気の遠くなるような手間とコストと時間が要求される。元の姿のままで、美しい近代建築を維持できているお宅は、むしろ幸運なお宅なのかもしれない。
 先日、下落合に残る明治建築の邸宅で、そのような苦心談をうかがった。屋敷蔵を修繕しようと思われたのだが、そもそも蔵大工や壁職人が存在しないのだ。ほうぼう探してようやく見つけ出し、仕事を依頼したら、このお宅の蔵修理が“学校”になってしまったというのだ。日本じゅうから、蔵の修理にかかわる職人たちが集められ、技術を継承するために“実技教育”が日々行われた。作業日数が、予定よりもかなり多くかかったことは想像に難くない。蔵の修繕に必要な個々のテクニックを学び、蔵大工や壁職人たちは修繕が終わるとまた全国へと散っていった。「現場の仕事」が存在しなければ、職人技は次々と滅びていくしかない。
 
 もうひとつは目白文化村の、こちらは大正時代の建物でも同じようなお話をうかがった。この邸宅は、とうに会社を解散してしまった元工務店に依頼して、技をもつ職人たちをなんとか集めてもらったのだそうだ。でも、漆喰の壁は塗り直すことができても、修繕用の素材や部材がない。特に、ニカワを用いて模様づけされた大正ガラスや色ガラスが、すでに日本には存在しなかった。日本では色ガラスというと、特殊なステンドグラスの範疇に入ってしまい、一般のガラスとしてはとうに製造されていない。
 そこで、インターネットを駆使されて世界じゅうを探したところ、米国で近似したガラスがいまでも製造されていることがわかった。ネットがなければ、とうに元のイメージ通りの修繕はあきらめられていたのではないだろうか。こうして、大正期からつづく文化村の美しい邸宅はよみがえった。
 上記2軒のお宅のご苦労は、並たいていのことではなかっただろう。美しい建築を毎日、外側から鑑賞させていただいているわたしとしては、思わず頭の下がる思いだ。いまとなっては文化財的に貴重な、近代建築の維持を少しでも容易にするために、さまざまな関連技術を継承する職人の登録制度や、すでに製造されていない素材・部材のストックデータベースのようなものが、ネットを使って構築できないだろうか。
 
 このようなお宅にお住いの方々がもっとも苦労するのは、その建物に見合う技をもった職人探しと、用いられた当時の部材・素材探しなのだ。この課題をめぐる、コストとリードタイムが軽減されるだけでも、美しい近代建築は継承されつづける可能性がより高まると思うのだ。

■写真:旧・下落合の全域に展開する、美しい近代建築の作品群。
 


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探検人

こんにちは、来週の「魅惑の公園物語」写真展示会への準備もろもろで写真展へ伺えずに申し訳ありません。
とても残念でした。取り急ぎお詫びを。
追伸・私の家族は昭和初期の小さな家を残して住んでいます。屋根を直すのに、10人目の職人さんでやっと修理できる方に出会えました。しかし当時の大工さんが腕がよかったのか(むしろ当たり前によい仕事していたとも言えますが)、家は今でも構造上問題はないそうです。
by 探検人 (2006-06-17 19:53) 

ChinchikoPapa

いえいえ、探検人さん、お気遣いくださりありがとうございます。
備えつけの記帳ノートを見ますと、目白・下落合だけでなく東京をはじめ全国各地にお住まいの、これほど多くの方々が町並みや景観保存に強い関心をお持ちなのを、改めて実感しているしだいです。
会場でも、ある方とお話してつくづく感じたのですが、ほんとうに「職人」と「修理材」は、深刻な課題のようですね。当時は、職人としてあたりまえの仕事が、いまでは「ていねいな仕事」と感じてしまうほど「技量低下」が進んでいるとすれば、とても残念に思います。
by ChinchikoPapa (2006-06-18 09:00) 

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