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低空飛行の下落合上空・1933年(昭和8)。 [気になる下落合]

 ここに1933年(昭和8)撮影の、2枚の空中写真が残っている。おそらく、1877年(明治10)に設立された学習院が、創立55周年を記念した行事の一環として飛行機をチャーターし、上空から関連施設の記念撮影を行ったのではないかと想像している。当時の飛行機はまだ複葉機だったと思われ、2枚の写真を見る限り、かなりの低空飛行で撮影している。中でも、1928年(昭和3)に完成した学習院高等寄宿舎「昭和寮」の写真は圧巻で、周囲に建てられていた下落合の邸宅群が、手に取るように克明に記録されている。

 この「昭和寮」の空中写真は、旧・近衛篤麿邸の跡にお住まいの藤田様、そして旧・相馬順胤/猛胤邸の跡にお住まいの今井様のご協力で入手したものだ。また、残りの写真は、以前よりわたしの手元にあったものだが、高田町側の学習院上から低空で撮影したもので、下落合側の写真ではなかった。でも、下落合には「昭和寮」が建設されているし、青山には女子学習院Click!があったので、高田町の学習院上空のみではなく下落合と青山の上空からも、同時期に撮影されているのではないか・・・と想像していた。青山の空中写真は、まだ一度も目にしたことがないが、どちらの写真も1933年(昭和8)に撮影されたものなので、おそらく同じ飛行機からの同一カメラマンによる一連の写真ではないだろうか。ただし、同年の撮影でも、季節がやや異なるようだ。
 上の写真で、中央の学習院高等寄宿舎「昭和寮」(日立目白クラブ)Click!はもちろん現存しているが、右上に濃い黄色で記入したF.L.ライトへ設計を依頼し、大正中期には帝国ホテルの作業員宿舎として使われていたという伝承が残る「杉邸」Click!も、ほぼそのままの状態で現存している。また、小道さんから教えていただいた、遠藤新(あらた)設計の「小林邸」だが、わたしが「そうじゃないかな?」と高高度からの空中写真(1936年/1947年)から想定した、<山>字型の「小林邸」も左側にクッキリと写っている。
 
  
小林邸(左上)、手前・岩田邸と奥・?邸(右上)、長瀬邸(左下)、佐野邸(右下)。
 「昭和寮」本館の斜向かいには、花王石鹸の大きな「長瀬邸」Click!が見え、その裏手に白い蔵のある「鈴木邸」(日本家屋)の背後には、戦後、遠藤新設計の目白ヶ丘教会が建設されるスペースが見えている。また、右端には「杉邸」以上にライト設計を感じさせる、まるで自由学園明日館の2階建てバージョンのような「佐野邸」が確認できる。さらに、左手の「小林邸」の並び、「岩田邸」と「帆足邸」に挟まれたとんがり屋根の邸宅も、明らかにライト風を感じさせる建築だ。珍しいところでは、大黒葡萄酒(メルシャンワイン)を製造していた自宅兼工場の「宮崎邸」Click!が、目白崖線(バッケ)下の鎌倉古道に面して写っている。

手前左の西洋館が増田邸、右の大きな邸宅が今井邸、左奥がライト伝承の杉邸。
 こうして見ると、旧・下落合1丁目(現・下落合2丁目)の「昭和寮」界隈は、和建築よりも西洋館のほうが多かったことがわかる。しかも、ライト風住宅が下落合でもかなり流行していた様子がはっきりと捉えられている。(残念ながら「小林邸」は一見、ライト風には見えないが・・・) その多くは、300坪前後はありそうな大型のお屋敷ばかりだ。このあたりは空襲で焼けておらず、わたしの学生時代には、まだ数多くの建物がそのまま残っていたと記憶している。
遠藤新建築創作所が建てた小林邸Click!は、久七坂筋に現存していることが判明した。

 上の写真は、1933年(昭和8)の早春か晩秋に撮られた学習院運動場だ。運動場では、高田町全町の小学校生徒たちが整列し、なにかの行事をしているのが見える。中央を横切っているのが目白通りで、通りのやや左手には火の見櫓(現・目白消防署)を中心に、右が高田警察署(現・目白警察署)で左が高田町役場(現・水道局北部第一支所)が見えている。目白通りの左隅には、高田第五小学校(現・目白小学校)の校舎も写っている。また、右上を斜めに横切っている人通りの多い道路は、環状5号線(明治通り)だ。

目白通りに面した高田町役場(手前)と、火の見櫓の向こう側は高田警察署。(1933年撮影)

 上の写真は空中写真ではないが、同じく1933年(昭和8)に理科教室の建物屋上から撮影された学習院の全景。左手が目白通り、右手が目白崖線で、手前が血洗池のある森ではないかと思われる。写真の中央やや左よりに煙突が写っているが、学習院運動場の写真に見える焼却場ないしは寮浴場の煙突のようだ。
 さて、目白崖線一帯を記録したこれらの空中写真だが、旧・下落合1丁目や旧・高田町ばかりでなく、旧・下落合2~4丁目(現・下落合3~4丁目+中落合+中井2丁目)を写したものが残っていないのかどうかが、最大の気がかりなのだ。特に、当時は東京じゅうの注目を集め、映画の撮影も頻繁に行われていた「目白文化村」Click!上の低空写真がないかどうか、大いに気になるところ。この飛行機のパイロットとカメラマンが、ちょいと気をきかせてくれて、バッケ沿いにシャッターを切ってくれていたら“めっけもん”なのだが・・・。


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エム

すごいですねぇ、さすがは下落合!!!
文化村とは規模が違いますね。
昭和寮が建った当初は西洋館を見慣れたご近所の方々も
お城が建ったと驚かれたのではないかと想像します。
by エム (2005-12-22 15:08) 

ChinchikoPapa

わたしとしましては、下落合の巨大な「これぞ正統派の西洋館だぞ!」群よりも、目白文化村に建っていたユニークなデザインの、100坪前後のややコンパクトなお屋敷群のほうが、現代に直接継承されている住宅デザインにより近しいものを感じて、親しみやすいですね。(^^;
「昭和寮」が完成したときは、白亜の殿堂が出現した・・・と、当時の人は思ったんでしょうね。戦前は「坂上さん」と「坂下さん」という言葉があったそうです。つまり、この写真で言いますと、杉邸は「坂上さん」ですが、宮崎邸は「坂下さん」・・・ということになり、なにかと差別されていたように聞いています。ちなみに、坂上さんは「さかうえさん」であり、二郎さんではありません。(笑)
by ChinchikoPapa (2005-12-22 16:42) 

miharu

「三春のときどき通信」に予告していただきありがとうございました。きっと今日のような気がして午前12時から、じっとお待ちしていたのですがUP がなかったので、アキラメテ寝てしまいました。先ほど覗いたらドーンと載っていてもうビックリです。この写真を見ると、この時代の下落合、目白の建築群は万華鏡のようです。(藤田様、今井様に感謝!) 私のブログのコメントにも書きましたが、ぜひ当時の建築を集めていってください。楽しみにしています。もうひとつのライトの建築の話も確かめてみたいと思います。
by miharu (2005-12-22 16:54) 

ChinchikoPapa

深夜にお待たせしてしまったようで、申しわけありません。<(_ _;)>
ゆうべは、『ハウルの動く城』を観ていて、12時をまわったのに気がつきませんでした。40分ほど過ぎてから、アッと思い急いでアップしたしだいです。
建物の写真ですが、目白文化村ですと総合的な宅地開発で、しかも箱根土地が建設した「作品」も多いですので、完成記念ということでお屋敷の写真がけっこう残っているようですが、下落合側はどうでしょうか。戦前からの、個人のお宅に眠ったまま・・・という気がします。また、戦災で焼けてしまった写真も数多いのではないでしょうか。
身近にいつでも存在するものは、なかなか写真に撮って残そうとは思いませんので、むしろ戦前に下落合界隈の散歩を楽しまれた地域外の方が、写真を秘蔵してらっしゃる可能性もありますね。
by ChinchikoPapa (2005-12-22 17:42) 

MM

こんにちは!たぶん2回くらいコメントさせていただいたものです^^
ほんとに昭和寮の存在感がすごいです!
こんな写真が残っているのですね~!!これからも写真、楽しみにしてます。

「私の家にも古いネガが少し残ってたな~」と思って見てみましたが、家の縁側とか板塀の前での写真ばかり・・・。資料の足しになりませんね;;
でもネガの入っている袋がそれそれ個性があって面白いです!
いずれも昭和10年代と思われるのですが、中には“目白フォト.ラバラタリ”というお店もあって時代を感じさせます。
by MM (2005-12-23 01:56) 

ChinchikoPapa

MMさん、コメントをありがとうございました。当時は、周囲に高い建物がないため、「昭和寮」はまるでお城のようにそびえ、どこからでも見えたんだと思います。右側に見えています山手線の車内から、きっと乗客たちは目を見張ったんじゃないかと思います。いまでも、山手線から建物に遮られながらも、かろうじて見えますよね。
ご近所というのは、ほんとうに写真に撮らないものなんですね。戦前の日本橋の写真を探していて、わが家でもそう思いました。旅行の写真は数多く残っているのですが、かんじんの戦前の日本橋があまりないんです。
「目白フォト・ラバラタリ」というのは、ひょっとしますと戦後の「目白フォト・スタヂオ」と繋がりがあるのかもしれませんね。
by ChinchikoPapa (2005-12-23 23:00) 

hedawhig

素晴らしい写真・・・・
庭(?)内邸(右下)。・・・・白い洋館、これは佐野邸と思いますが。
青木邸のところが・・・帆足邸、では・・・・・・
ともに素晴らしい建物でしたね。
by hedawhig (2005-12-25 19:59) 

hedawhig

テニスコートにサークルのようなものがありませんか?
ワクワク~
by hedawhig (2005-12-25 20:01) 

ChinchikoPapa

「下落合事情詳細図」をもう一度確認しますと、大庭邸の真向かいが武尾邸となっていますので、わたしの記載ズレでしょうか。ライト風の建築の邸宅が、佐野邸ですと、庭(?)内邸はその下のお宅ということになりますね。また、現状で「武尾邸」となっている邸宅は、「詳細図」には記載されておらず不明です。
左手の岩田邸・帆足邸・青木邸ですが、「詳細図」ではこの順番になっています。でも、岩田邸が敷地内に2棟つづきで建ち、帆足邸がモダニズムの白い洋館、そして青木邸は帆足邸に隠れて見えていない・・・ということになるのでしょうか。この白い洋館は、ずいぶんあとまで残っていた記憶がありますが・・・。
さっそく、明日にでも修正しておきます。ありがとうございました。<(_ _)>
by ChinchikoPapa (2005-12-25 21:31) 

ChinchikoPapa

>テニスコートにサークルのようなものがありませんか?

確かに、それらしいものが見えてますね。ただ、1947年の空中写真では、畑に開墾されていて、このカーヴは見えなくなっています。あと、この敷地全体が、上空から見るときれいな円形をしているのが見て取れます。
by ChinchikoPapa (2005-12-25 21:38) 

hedawhig

帆足家は、日立倶楽部の前に立って西を見ると突き当たりにありました。
素敵な景色になっていて~消滅時は本当に淋しい思いをしました。
飛び石が7つほど玄関のピロティーに並んでゆったりとした建物の配置で・・・
佐野邸も玄関までは石段と飛び石でした・・・
考えてみると日立倶楽部昭和寮、杉邸、帆足邸、佐野邸・・・真北に玄関を取らなくても可能な土地だった・・・現代人が気にする方位学「家相」など、気に留めない知識階級の街だったように感じるのは庶民の私だけでしょうか?
建造物の構造美を大切にして作られたように感じてなりません。
前衛的な人々の町だったのでしょうか~
by hedawhig (2005-12-25 22:03) 

ChinchikoPapa

> 帆足家は、日立倶楽部の前に立って西を見ると突き当たり

やはり、近代主義の邸宅が帆足邸ということになりますね。こちらも明日、訂正させていただきます。ありがとうございました。ほかに何かお気づきの点がありましたら、お教えください。(^^
確かに、風水や家相を気にされていない邸宅が多いですよね。迷信にとらわれない、大正期の自由な発想で建てられたからか、あるいは目白崖線の下落合全体が、前提として、すでに地相的に秀でた地域だと考えられた方が多いのか、これも面白いテーマだと思います。
by ChinchikoPapa (2005-12-26 00:16) 

小道

パパさん あけましておめでとうです。ここに、コメントしたかったんですが、小林邸、えんどうにみえんなぁと思いつつ、腕組みしちゃってました。う~ん、何か資料がないものか。(無力)
by 小道 (2006-01-02 09:31) 

ChinchikoPapa

小道さん、明けましておめでとうございます。小林邸、ためすがめつ眺めても遠藤新作のようには見えませんねえ。なんとなく、高原にあるまるでロッジのような風情です。他に小林さんというお宅がいくつか下落合にはみえますので、違う小林邸だったものでしょうか?
by ChinchikoPapa (2006-01-02 12:52) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2009-06-14 00:18) 

学習院昭和寮会総会・準備委員会

学習院昭和寮会 60周年記念総会準備委員会です。
今秋 寮総会を開催予定です。目白初代昭和寮(現日立クラブ)にて、行います。
 そこで此の素晴らしいブログに巡り会い素晴らしい内容に感動致しました。
・昭和寮会会員皆に、是非知らせしたいとの想いで、寮会のホームページ、連絡用メール、SNS等で、 当ブログに掲載していただいている、画像・コメント等、使用させていただきたくお願いする次第でございます。
 当面 ”李香蘭・B29空襲、撃墜・昭和寮低空撮影画像”を連絡用SNS,メルに添付させていただきたく、お願いでございます。
何卒宜しく御願い申し上げます。
by 学習院昭和寮会総会・準備委員会 (2016-09-03 11:00) 

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