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おかしなおかしな海軍談義 in 下落合。 [気になる下落合]

  

 下落合を舞台にした、『さよなら・今日は』(1973年9月~74年3月)Click!のコメントを数多くいただいたので、もう少し、このドラマについて書いてみたい。確か、正月の放送回は、下落合の「吉良邸」へ獅子舞いが訪れるところから始まる。実際に、下落合を獅子舞いが流していたかどうかはさだかでない。下町には、必ず1月2日にはやってきて、2~3分舞っては祝儀袋(昔は500円、いまは2,000円ぐらいか?)を食っていった。この回のリレー脚本の担当は、暮れの清水邦夫か早坂暁のあとをうけた、向田邦子ではなかったかと思う。
その後、早稲田大学へ森繁久彌が2002年に寄贈した、この第14回放送分のシナリオClick!が発見でき、脚本は向田邦子ではなく岡本克巳であることが判明した。
 獅子舞いは、大きな「桜の洋館」=吉良邸の玄関に突然現れ、馬鹿囃子(ばかっぱやし)に合わせて踊るのだが、実はこの獅子舞い、吉良家の長男の嫁の実父(森繁久彌)なのだ。とび職の会社が倒産し、借金取りに追われ、大阪では家族の前からも行方をくらましていたのだが、素のままでは娘の嫁ぎ先へ訪ねて来づらく、正月、獅子舞いに化けて偶然をよそおい会いにきた・・・という設定。久しぶりに、吉良家にいた女房(山田五十鈴)や息子(緒形拳)とも再開して・・・と、お正月らしくドラマはなごやかに展開する。
 シナリオのそこここに、向田らしく面白い“しかけ”が用意されているのだが、そのきわめつけは、吉良家の主人(山村聰)と嫁の父親との、おかしなおかしな「海軍談義」だ。いや、もう森繁久彌と山村聰とのアドリブ談義・・・といったほうがいいかもしれない。特に面白かったので、このシーンは鮮明に記憶している。
 しかも、山村聰は米国映画『トラ トラ トラ!』(1970年)で山本五十六役を演じて間もないころ、森繁久彌は向田邦子のドラマ『だいこんの花』で、巡洋艦「日高」(そんな艦名はないのだが)の元・艦長を演じて間もないころ・・・という時期だ。役者ふたりの、おそらくは半分出まかせのアドリブ台詞の絶妙な掛け合いが、文字にしてしまうとそうでもないが、とても可笑しかった。ちなみに、吉良家の当主は、大手造船会社の重役・・・という役どころだった。
  
 森繁「・・・ところで、だんさんは、戦争へ行きなはったんだすか?」
     (印半纏を着てチョコンと正座しながら背を丸め、ずっと卑屈な様子で酒を飲んでいる)
 山村「ええ、まあ、その海軍のほうへ、少し・・・」
   (着物姿で背筋を伸ばし、どっしりと一家の大黒柱然としている)
 森繁「ああ、海軍でっか? ・・・いや、わたしも海軍です!」
 山村「・・・ほ、ほほう、そうですか。それはそれは」
 森繁「いやぁ・・・、あの、だんさんは、将校はんだっか?」
 山村「ええ、まあ、技術のほうの、海軍少尉ということで・・・」
 森繁「ははぁ~、少尉ですか。・・・いやぁ、わたしは中尉ですよ~!」
 山村「・・・はっ?」
 森繁「う~ん」
 山村「はあ、それじゃあなたは、わたしの上官・・・ということになりますな」
 森繁「うん、そういうことになるねえ」
 山村「そうですか、それはそれは」
 森繁「そうか、わしゃ中尉で、きみは少尉か!」
   (急にアゴを反らしあぐらをかきながら、態度が大きくなる)
 山村「それはそれは・・・。ま、じゃ中尉殿、おひとつ、さぁ・・・」
 森繁「おう。・・・そ~か少尉か。ところで、このお宅は石油がないゆうのんに、ぬくいねえ」
     1974年の正月は、石油ショックで灯油が高かった。
 山村「はははっ、いや、まあ。・・・ところで、艦は?」
 森繁「う~ん、わしらはやっぱりドラム缶では、なかなか手に入らん・・・」
 山村「いやいや、艦ですよ、艦」
 森繁「カンて、なんだす?」
 山村「ほれ、あなたの乗ってらした艦、軍艦のこと」
 森繁「・・・ああ、軍艦・・・ですか」(急に声が小さくなる)
 山村「ええ、そう」
 森繁「軍艦は・・・・・・え~・・・いや、あの~・・・・・・三笠」
 山村「えっ??」
 森繁「いや・・・その~、・・・・・・陸奥です!」
 山村「陸奥?」
 森繁「そう、陸奥に乗ってですねえ、ハワイ・マレー沖の海戦へ」
 山村「・・・は、はははっ、でも、陸奥ってのは、それ、瀬戸内海で・・・ね?」
 森繁「は、はあ」
 山村「ハワイへ行ったってのは、航空母艦でしょ?」
 森繁「あっ、はあ、いや、わしは、もう、ちょっとボケとるのかもしれませんなぁ」
   (急に酔ったふりして身体をフラフラさせる)
 山村「はっ、はははは」
  
 
 「三笠」は日露戦争時の戦艦だし、真珠湾攻撃の際に戦艦「陸奥」は瀬戸内海の柱島に停泊していたし、「ハワイ・マレー沖海戦」は映画の題名(1942年・山本嘉次郎監督)で、そんな戦闘名はなかったし、いかがわしく怪しげな森繁久彌と、キチッとした重々しい山村聰とのやりとりに、家族で大笑いした想い出がある。このふたりのシチュエーション、森繁の役には明らかに『だいこんの花』の元・艦長を髣髴とさせるようなボケが滑りこませてあり、山村聰にはどこか映画の山本五十六的な風格を感じさせる姿勢が刷りこまれていた。いたずら好きの向田邦子は、おそらくそれを十二分に意識して、このふたりに「海軍談義」をやらせたのだろう。
 もうひとつ、向田ははたして意識したのかどうか、下落合の相馬坂上を舞台にした「吉良邸」の近くには、荻窪の私邸とともに近衛文麿の自宅(下落合432~456番地)があった。米国映画『トラ トラ トラ!』では、当時の首相・近衛文麿(千田是也)の私邸を訪ねた聨合艦隊司令長官・山本五十六(山村聰)との間で、こんなやりとりがなされている。(おそらく、史実では荻窪の私邸のほうではないかと思われるが・・・)
 近衛「もし、開戦になるとすれば、海軍の見通しは率直に言って、どうですか?」
 山本「それは、ぜひやれと言われれば、1年や1年半は存分に暴れてみせる。しかし、2年、3年となっては、まったく保障できません」

 このやりとりは実際にあったとされているが、向田は設定された舞台=下落合の旧・近衛邸から連想し、よけいに強く「海軍」を意識して、この長々とした談義シーンを挿入したのかもしれない。『トラ トラ トラ!』の山村聰vs千田是也シーンは和建築の中の洋間で、『さよなら・今日は』の山村聰vs森繁久彌は西洋館の中の日本間・・・というのも、どこか恣意的な要素を感じてしまうのだ。

■写真上は、「吉良邸」が設定された相馬坂の上あたり。財務省の敷地には、旧・相馬子爵邸の礎石か庭石らしきものが残されている。は、旧・近衛邸あたりの屋敷森。
■写真中は近衛町とも呼ばれた、1936年(昭和11)の近衛邸界隈。は映画『トラ トラ トラ!』に描かれた、警官が立つ近衛文麿邸の門前。純和風の造りで、荻窪の門前とは明らかに異なる。
■写真下:左の山村聰(山本五十六)と、千田是也(近衛文麿)の近衛邸内シーン。


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クロスケ

近衛町を調べて、このページにたどり着いたのですが、
いままで、「このえちょう」だとばかり思ってたのですが、
地元では、「このえまち」と呼ぶのだという
話を聞きました。
下落合在住の方の、ご意見を是非伺いたいのですが・・・
by クロスケ (2005-12-14 09:04) 

ChinchikoPapa

クロスケさん、こんにちは。地元では「このえまち」と呼ぶ方々が、圧倒的に多いです。ただ、東京の昔からの町(丁)概念ですと、「ちょう」と呼ぶほうがふさわしいように思うのですが、当時から「ちょう」ではなく、「まち」と呼ばれていたんだと思います。また、もうひとつの視点として、旧・豊多摩郡や旧・豊島郡には、「ちょう」ではなく「まち」と呼ばれた地名が散見されますので、いわゆる旧・江戸市街の「ちょう」感覚とは違う、新山手の地域特性ということも考えられますね。たとえば、近くには椎名町(しいなまち)がありますし、旧・山手の糀町(麹町)も「こうじまち」です。
ただ、面白いのはこれが建物名になると、みなさん「まち」とは呼ばずに「ちょう」と呼んでしまっているようです。たとえば「近衛町○○マンション」は、どうしても言葉の流れの音韻から、「このえちょう○○マンション」とつい呼んでしまいますね。
by ChinchikoPapa (2005-12-14 12:15) 

frugal gambler

クレイジーポーカー2のfrugal gamblerです。

「さよなら、今日は」(朝倉理恵)の記事では、たびたびお手数をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。

http://crazypoker2.seesaa.net/article/11953838.html#trackback
by frugal gambler (2006-02-28 22:14) 

ChinchikoPapa

いえ、楽しい記事をありがとうございました。
また、なにか下落合とドラマの情景を思い出したら、
ぜひ書いてみたいと思います。
by ChinchikoPapa (2006-03-01 00:18) 

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