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限りなく細分化されていく。 [気になる下落合]

 戦後の建築ながら、目白文化村の第二文化村の邸宅がまたひとつ消えようとしている。箱根土地が販売した、当初の区画の広さ(300坪)をそのまま保っている、第二文化村でも今やめずらしいお屋敷だった。当初の建物は、1945年(昭和20)4月13日夜半の空襲で全焼しており、戦後は銀座に大型店を構えるT邸となっていた。このお屋敷に接した坂道を南へ下りていくと、左手に武者小路実篤の旧邸跡がある。
 以前、目白文化村シリーズを連載しているとき、「先日、とある方から、ここの一画に再開発計画があることを知った。せっかく閑静なたたずまいなのに残念だ。マンションにならなければいいが・・・」と書いたばかりだClick!。戦後は純和風の建物となっていたが、空襲で焼ける前、戦前には豪壮な西洋館が建っていた。1923年(大正12)に第二文化村が販売されたとき、この一画を購入して大きな西洋館を建てたのは、陸軍中将の星野金吾という人だった。陸軍の星野金吾といえば、中将ではなく日露戦争時、第1師団の参謀長「星野大佐」と書いたほうが、ピンとくる方が多いかもしれない。
 1904年(明治37)の夏、星野大佐は中国・旅順の郊外にいた。ロシア太平洋艦隊を無力化するために、旅順攻略戦に出動した乃木希典大将率いる第3軍に属した、東京第1師団の参謀長、つまり作戦立案の責任者だった。彼は、旅順を攻略するためには周辺の丘陵地帯に展開するロシア軍の要塞を占領し、その高台から旅順港に停泊しているロシア艦隊を砲撃するのが効果的だ・・・と、乃木希典に進言した人物とされている。星野の進言は入れられ、いくつかの前進陣地を攻撃・占領したあと、ハゲ山にあるロシア軍の主要塞と対峙することになった。

 山頂にあるロシア軍の要塞へ砲撃を加えたあと、なんの遮蔽物もないハゲ山山頂へ向けひたすら突撃命令を繰り返す、ほとんど戦術的には無能としか思えない「肉弾突撃戦」が連日繰りひろげられた。戦闘の初期で総兵員の75%、約1万人が死傷し、第1師団は壊滅的なダメージを受けている。死傷者の多さに、途中で作戦は一時中止されることになるが、この激戦はハゲ山の標高203mの数字をとって「二〇三高地攻略戦」と呼ばれた。第1次旅順総攻撃と呼ばれる、わずか6日間の戦闘で、日本軍側は約1万5千人(1個師団分の兵員)が死傷している。日露戦争から18年後、のどかな第二文化村の高台へと転居してきた星野中将は、なにを想っていたのだろうか。
 「コミュニティロードにより/街並のステイタスと格調の高さを誇る素晴らしい分譲地です」と、キャッチフレーズに詠われる再開発の分譲地は、300坪の土地に9戸が建設される予定のようだ。1戸あたり30~37坪、いま風のこじんまりとした戸建て住宅が建ち並ぶことになる。もうひとつ、「南傾斜の高台から望む素晴らしい眺望と、溢れんばかりの陽光を受けた緑豊かな豪邸街」とキャッチにあるが、イメージパースを見る限り、現在のせっかく育った「緑豊かな」屋敷森はすべて伐採され、緑地も植木や花壇レベルのこじんまりとしたものになってしまうらしい。

 「都心に息づく緑」とか、「緑に囲まれた閑静な」住宅街というフレーズは、不動産広告のそこかしこで目にするけれど、最後にかろうじて残った都心の「緑豊かな」環境をなくしてしまうのは、そう詠っているご当人たちなのだ。完成予想のイメージパースを見ると、どこに「緑豊かな」環境があるのだろう? なんとか、少しでも現状の緑を残せる計画にできなかったものか・・・。
 大きな樹木に囲まれていた画家の旧・宮本恒平邸Click!のように、すべてがコンクリートで覆われたマンションと駐車場にならないだけでも、まだかなりマシ・・・と思わなければならないだろうか。

■写真上:再開発が予定されている、旧・星野中将邸があった第二文化村の開発当初の一画。
■写真中:203高地戦のあと、明治末から大正にかけて流行した「二〇三高地髷」のヴァイオリンを弾く女性。明治末の、女子師範学校の卒業記念アルバムより。
■写真下:再開発のイメージパース。300坪の土地に、9戸がひしめくことになるらしい。


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エム

坂の上のあのお屋敷跡に9軒もの家が!?!?
あのままの地所に一軒家はなかなか売れないとは思いますけど、
それにしても9軒とはねぇ・・・。何とも言う言葉がありません。
by エム (2005-11-18 15:41) 

ChinchikoPapa

それでもまだ、マンションが建てられて前面が駐車場のコンクリートで固められ、空が四角く切り取られるよりはまだマシ・・・と、思わなければならないのかもしれませんね。
わたしは再開発をうかがったとき、5~6軒+緑地かなと予想していたのですが、9軒というのはまったく想定外でした。(汗) マンションじゃなければ、このぐらいは建てないと採算が合わないということなのでしょうね。
by ChinchikoPapa (2005-11-18 16:24) 

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