So-net無料ブログ作成

「柿の木は残った」・・・か? [気になる下落合]

 

 第二文化村から西へ向かい、目白学園のほうへ向かう途中に、ヤマガキの大木で有名なO邸があった。1981年(昭和56)に朝日新聞に掲載されて有名になり、新宿区の天然記念物にも指定されていた。数年前、O邸が解体されると同時に、ヤマガキはバッケ(崖)下の落合公園へと移植された。ところが、柿の移植は難しいとの倣いどおり、最近それが枯れかかっている。
 このヤマガキは、江戸期からの樹齢200年を超えるといわれる古木で、高さが約11m、根まわりが1.9m、目通しが1.7mもあり、O邸のみならず近隣のシンボル的な存在だった。一応、カキの種類はヤマガキとされているが、1本の木から甘柿と渋柿の双方が実る。O邸の伝承では、接ぎ木をしたので甘柿がデンジュマル種、渋柿がイモン種といわれていた。しかも、何度かに分けて接ぎ木は繰り返されたらしく、それぞれの枝ごとに少しずつ微妙な風味の違いがあった。一木で何度でも美味しい、めずらしい江戸期からつづく柿の巨木だった。
 

 それが2003年(平成15)、O邸の解体とともに、元の「バッケが原」を利用した西部新宿線の南側、区立落合公園に移植された。移植後、しばらくは青い葉が茂っていたようだが、今年(2005年)はついに芽を吹かなかった。まるで、老いさらばえた枯れ木のように、O邸のヤマガキは筵に包まれて悄然と立っている。O邸の庭で拝見した、ものすごい勢いで伸び上がるような枝葉は、もはやどこにも見られない。
 またひとつ、文化村界隈のシンボルが消えてしまったとは思いたくないのだが・・・。しばらく、数年間は休息したあと、いきなり芽を吹くことがあるかもしれない。200歳の底力に期待しよう。

■写真上は落合公園のヤマガキ(2005年)、はO邸にあったころのヤマガキ(1982年)。
■写真下は移植直後のヤマガキ(2003年)、は「バッケが原」の面影が残る落合公園。

「目白文化村」サイトClick!


読んだ!(1)  コメント(2)  トラックバック(1) 
共通テーマ:地域

読んだ! 1

コメント 2

ナカムラ

民俗学者の橋浦泰雄の自伝を読んでいましたら、上落合のことが書いてあり、柿のさととして有名だったとありました。また一つ私たちは何かを失うのでしょうか。
by ナカムラ (2009-07-08 11:30) 

ChinchikoPapa

ナカムラさん、こちらにもコメントとnice!をありがとうございます。
大根のほかに、柿の名産地だった時期があるようですね。「でんじゅ丸柿」が多く収穫されたものでしょうか。まだ萱葺き屋根の軒下に、干し柿をつるす落合風景を見てみたいものです。
by ChinchikoPapa (2009-07-08 15:30) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1

トラックバックの受付は締め切りました