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娑婆と冥土の別れ道・深川ゑんま堂。 [気になるエトセトラ]

 

 賽銭を入れるとウォ~~ンという、音楽だか地獄の響きだかの重低音が堂全体に鳴りひびき、妙な電子音とともに、どこからともなく閻魔様のご託宣が聞こえてくる。ついでに、大小のスポットライトが堂内を妖しげにめぐったりする。閻魔様には悪いけれど、声はあんましよくない。身元が知れないよう、ボカシと音声を変えて放送する、まるでTVの報道番組で聞く「その筋の人」ような声なのだ。ま、地獄の沙汰もカネしだいを、そのまま体現したようなしかけ。
 深川閻魔堂に、いつごからコンピュータじかけの賽銭収集支援「ご託宣」システムが導入されたのか、わたしは知らない。深川閻魔堂、正式には法乗院は、深川の墓参りへの散歩コースだから、いつも目の前を通ることになる。気がついたら、「なっ、なんだこりゃ?」のシステムになっていた。もともと「深川ゑんま堂」は、寛永年間に深川富吉町(永代1丁目)へ創建された。その後、深川平野町前あたり(深川1丁目)にあったのだが、震災後の区画整理により現在地(深川2丁目)に落ち着いた。江戸府内「三大ゑんま」のひとつだ。運慶作といわれる閻魔像が自慢だったのだが、関東大震災で焼失している。
 さて、この深川ゑんま堂は、またしても『梅雨小袖昔八丈』(髪結新三)の「ゑんま堂の場」で有名だ。永代橋を「ざまぁみやがれ~!Click!と渡って、富吉町まで帰ってきた髪結新三は、縁談の決まった娘のおくまを監禁して白子屋をゆするわけだけれど、ここから芝居がだんだんわけがわからなくなってくる。白子屋の依頼で、10両持って話をつけにきた弥太五郎源七を、新三は額が少ないといって追い返し、新三が住む裏店の家主・長兵衛が中に入って30両で示談にしてくる。すると、「鰹ぁ半分もらっとくよう」と言って家主が15両せしめていく。その大家の店(たな)に泥棒が入り、15両を掠め取っていく・・・と、ここはぜんたい泥棒長屋か? 舞台でホトトギスや、初鰹売りの声が聞こえたりするのも、生世話(きぜわ)芝居の見所だ。15両というと、初鰹1尾の平均相場は3両ほどだったというから、5尾も買えることになる。
 解放された“か弱い”おくまは、「よよょょょ」・・・とようやく親に迎えられ店へもどって安堵するのだが、これがまた婿を嫌って自害するところ、刀でつい婿を刺し殺してしまうという女なのだ。その罪の身代わりに、下女のお菊がおくまをかばって自害する・・・と、もはや話はメチャクチャになってくる。もうコテコテドロドロの人情話で、芝居で上演されたら居眠り間違いなしの場だ。それまでの芝居とは、別の芝居を観ているんじゃないかと思うほど、テンポも場の雰囲気も違う。もっとも、客が呼べないから、いまではめったに上演されないけど・・・。それが終わると、いきなり“お礼参り”の殺陣が待っている。10両突っ返されて顔をつぶされ、大恥かいた落ち目の弥太五郎源七が、新三へ仕返しにやってくるのだ。なんなんでしょうね、このノリは・・・?

 ここでもうひとつ、有名な地獄尽くし台詞が登場する。「ちょうど所も寺町に、娑婆と冥土の別れ道、その身の罪も深川に、橋の名せえもゑんま堂・・・」と、いまはない閻魔堂橋の前で、髪結新三と源七は斬り合うことになる。最近の舞台は、斬り合いの最中で幕となってしまうが、このあとがまたスゴイことになっている。結局、新三は殺されてしまい、源七は南町奉行所に捕まってしまうが、そこで大岡越前守が出てきて、あげくの果てに大岡政談となってしまうのだ。“主役”が死んでも芝居はつづく・・・。『梅雨小袖昔八丈』を全幕観たら、いったい自分がなんの芝居を観たのか、わけがわからなくなってくる。もっとも、大岡忠相の事件簿として、持参金めあての婿殺し「白子屋事件」はほんとうにあったようなのだが、髪結新三は黙阿弥が創造した架空の人物だ。黙阿弥としては、「一粒で三度美味しい」を狙ったのかもしれないが、はっきり言って全幕通しは退屈だ。
 黙阿弥が本所へ住んだころ、清澄通りは道筋が違っていて深川閻魔堂はいまの深川1丁目にあった。引退したはずなのに「もとのもくあみ」になって、狂言作者をつづけることになった明治の黙阿弥は、その前を散歩しながら次の芝居のプロットづくりにうなっていたのかもしれない。『梅雨小袖昔八丈』は、1873年(明治6)に初演された。狂言作者になってから、酒もタバコも女もやらず、趣味道楽とは縁を切りつづけたそんな黙阿弥を、周囲は「閻魔様」と呼んだ。生涯で300本を超す「本」を書いた黙阿弥は、どこかで「娑婆と冥土の別れ道」を決意した。ひょっとすると、この深川ゑんまの前だったかもしれない。

■写真上:左は2005年、右は昭和20年代の深川ゑんま堂。
■写真下:「ゑんま堂の場」で、は六代目・尾上菊五郎の新三、は初代・中村吉右衛門の源七。(戦前)


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えんまどうのお隣

たいしたもんじゃない
by えんまどうのお隣 (2005-11-30 09:22) 

ChinchikoPapa

確かに、閻魔堂のしかけは「たいしたもんじゃない」し、黙阿弥の『髪結新三』も、全幕を観てしまいますと、どこか“やっつけ仕事”の匂いがして「たいしたもんじゃない」ですね。
by ChinchikoPapa (2005-11-30 13:35) 

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