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研師という仕事。 [気になる下落合]

 わたしが初めて刀を持たせてもらったのは、小学生のときだった。母方の祖父の家に遊びに行くと、拵え(刀の外装)もなく、まだ研いでない錆び身の大刀が、床の間のすみや廊下にゴロゴロ転がっていた。刀剣は、書画家だった祖父の趣味のひとつだった。それらの重たい刀を持っては、よく悪戯して遊んだ。かなり錆びているし刃引き(斬れないよう砥石で刃がつぶしてある)が施されているので、子供でもまあ安全だと考えたのか、ホンモノの刀が祖父の家での遊び道具だった。
 でも、さすがに研ぎに出した刀はなかなか触らせてくれない。ある日、おふくろの目を盗んで祖父が持たせてくれたのは、一尺五寸(約45cm)ほどのちゃんと青柄糸黒呂塗鞘拵(あおつかいとくろろぬりざやこしらえ)のついた脇指だった。当時のわたしにはズッシリと重く、その重さの記憶と鏡のようにつんだ地肌から、小糠肌の肥前刀(江戸期に肥前で造られた新刀)だったと思われる。わたしが刀を好きになったのは、おそらくこの原体験があったからだろう。
 刀を所持していると、当然ながら手入れをしなければならない。また、ていねいに保存していても曇りがひどくなれば、何十年かに一度はきちんと研ぎや拭いに出したくなる。この手入れと研ぎによって、刀剣は千年以上もの長い間、朽ちることなく美しい姿を伝えられてきた。だから、後世に作品を美しいままバトンタッチをするためには手入れが欠かせず、また研師さんのお世話になることも少なくない。祖父から伝えられた刀もそうだし、わたしが気に入って譲り受けた作品も同様だ。
 刀剣美術は、日本の工芸の中でも、「総合芸術」と呼ばれる特殊な位置にある。大鍛治(タタラ)や小鍛治(刀鍛冶)の仕事はもちろん、金工、木工、象嵌、漆塗り、蒔絵、塗り絵、焼き物(主に七宝)、皮革加工、組紐(柄糸・下緒)、友禅などの染物や織物(刀袋)・・・etc.。刀剣を勉強するということは、日本の工芸世界のほぼ全域をかじることになる。だから、どんな工芸品にも増して、とてつもなく奥が深い。最近、展覧会へ出かけると、若い女性の姿が多いことに気づく。美術学校の学生もいるのだろうが、刀剣や拵えの多彩な工芸品の魅力や、宝石のような美しさに魅了された女性も少なくないに違いない。女性の愛刀家も数多い。わたしが下落合を散歩すると、ときどきブラリと立ち寄るのが目白通りの刀屋・飯田高遠堂さんだが、いつもお店をあずかっているのは奥さんとお嬢さんだ。
研桶の横には、数十種類もの天然砥がならぶ。

 さて、刀の美に特別重要な仕事として存在するのが、研師という仕事。美しい刀というのは、刀鍛冶の仕事と研師の仕事がフィフティフィフティだといっても過言ではない。それほど研磨は、きわめて重要な位置を占めている。単に斬れればいいという研ぎから、鑑賞するための美術的な研ぎへと本格的に進化したのは、室町時代末期の本阿弥からだといわれている。(刀の鑑賞自体は、平安時代から行われていた) さらにいえば、戦前の研ぎと戦後の研ぎとでは、その考え方や方法論が異なるのだが(特に地肌や刃文の表現)、いまでも研師選びは、たいへん重要なテーマであることに変りはない。
 厳密にいうと、研師にも古刀(平安~室町末期の作品)を得意とする方もいれば、新刀(慶長年間~江戸中期)や新々刀(江戸後期~幕末)の研ぎを得意とする方もいる。さらに極端なことをいえば、古刀の相州伝の作品が得意という方もいれば、備前伝を研がせれば無類の実力を発揮する・・・という研師さんだっている。研師の技量によって刀は輝きもすれば、美術的価値が台無しになったりもするのだ。研ぎの依頼をしてから、だいたいふつうは3~4ヶ月かかる。運がよくてすいてれば1ヶ月ほどで手元にもどることもあるが、人気のある研師だと、依頼してから研ぎあがるまでに1年以上かかることもまれではない。刀屋を通して研ぎを依頼することもあるが、刀の伝わる家にはホームドクターと同じように、たいがいは懇意の研師がいることが多い。
 最近は、ネットを積極的に導入している方も多く、研磨の過程や報告を画像つきで送ってくれるところもある。研ぎを通じて、鍛え瑕の処理の様子や樋・彫刻などの研磨程度を、画像入りで問い合わせてくれるのは、わざわざ出向いていちいち確認・指示する必要がなく、とてもありがたい。一時は、大川の舟大工と同様に、すぐにも絶滅してしまうのではないかと危惧した地味な職人の世界Click!だが、最近、若い研師がつぎつぎと増えているのはうれしいかぎりだ。


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